「退け!」

 深影が咆えた。鬼神のごとくの迫力で、眼前で立ち尽くす、スピアヘッド・ドラゴンに向けて。

「このまま去ればあえては追わぬ! 命が惜しければ退け!」

 普通に考えれば人と竜では意思の疎通は不可能であろう。だが、象徴である角が切られた時点で、すでに勝負は決している。ならば、この一声を警告として受け取るのではないか。深影はそう考えた。むろん、退かぬならそれはそれでかまわない。その時は結晶の表皮を砕き剥がして、心臓を抉ってその鼓動を止めるだけだ。
 深影の目論見は成功した。
 角を切られたスピアヘッド・ドラゴンは、方向を転じ、逃げ出したのだ。自らの縄張りを捨てて、密林の彼方へと。
 去り行くドラゴンの姿が見えなくなると、深影はホッと一息吐き、そしてすぐさま皆の元へと戻った。

「アリス、ヴェガの傷はどうだ? 治ったのか!」
「き、傷は癒えました。で、でも・・・・・・」

 魔術は万能ではない。傷は癒えても、流れ出た血は元には戻らないのだ。ヴェガの生命の灯火は、まさに風前の状態であった。

「しっかりしろ、ヴェガ! 必ず助かる。いや、必ず助ける!」
「・・・・・・ありがとう、友よ。だが、自分の身体のことは誰よりもわかる。我は、その言葉だけで満足だ・・・・・・」

 力なくヴェガが微笑んだ。それは死を覚悟した笑いだった。
 深影が己の無力さを呪い、悔しさの咆哮を発しようとした時、イレブンの声が彼の耳に届いた。

「アナタハ死ナセマセン。私ガ助ケテミセマス」
「出来るのか、イレブン!?」
「ハイ。彼ニ私ヲ食シテモライマス」

 それは驚きの提案だったが、イレブンは落ち着いて説明した。

「我々ノ身体ハ高濃度ノ栄養ノ塊デス。食セバ急速ニ体内デ吸収サレ、血肉トナッテ彼ノ身体ヲ活性化サセルデショウ。サア、私ヲ食ベテクダサイ」

 そう言ってイレブンは自らの腕をヴェガの口元へと差し出した。

「・・・・・・良いのか?」
「構イマセン。我々ニ痛覚ハアリマセンシ、身体ハ喪ッテモマタ再構築ガ可能デス。デスガ、アナタヲ喪エバソノ損失ハ計リシレナイ。ソシテソンナ事ハコノ中ノ誰モガ望ンデイマセン。デスカラ、サァ、食ベテクダサイ」
「・・・・・・感謝する」

 ヴェガは最後の力を振り絞ってイレブンを喰らった。そして飲み下す。身体が急速にみなぎってくるのがわかった・・・・・・。

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 その刹那だった。深影が持つ山刀が、振り上げられたのだ。
 高い音がして、何かが地面に落ちた。ソレを見て、最初、ドラゴンは理解が出来ず、硬直して、理解した後は驚愕した。
地面に落ちたモノ――ソレは、切断された金剛石の角であったからだ。

「グルオオオオオオオォォォォォォォォォォォッ!」

 激怒の咆哮が密林の広範囲に渡って響いた。咆哮を耳にした鳥が一斉に飛び立ち、近隣の獣が全速力で逃げ出す。凄まじい咆哮には強い怒りと、等量の強い殺意が含まれており、それは全てが深影に向けられたものであった。
 スピアヘッド・ドラゴンが憤怒の眼を深影に向けた。深影は知る由もないことであったが、金剛石の角は、スピアヘッド・ドラゴンにとっては雄鹿の角と同様のモノであった。より大きく、より硬い角を持つ存在が、種の中では上位に君臨できる。その大切な角を、目の前にいる矮小な存在が無造作に切り落としたのだ。スピアヘッド・ドラゴンの怒りは想像を絶していた。
 角が健在しているもう片方の首が動いた。深影を両断するために、首を大きく振るう。この世に存在する全てを両断するような一撃が深影を襲った。
 その一撃に対し、深影は退かなかった。
 再び山刀を振るい、そして、切断したのだ。
 金剛石の角を。

「―――――ッ!」

 絶句が生じた。深影を除く、この場に居合わせた全ての者が、その光景を目の当たりにして声を失った。一度ならず二度までも、金剛石の角が切断された。奇跡は二度は起こらないという。つまり、深影は実力でもって金剛石の角を切断したのだ。
 ダイヤモンドには壁開加工という方法がある。自然界随一の硬さを誇るダイヤモンドには、唯一、割れやすいという欠点がある。壁開加工はその弱点を突いた切断方法だ。強い衝撃が一点に加えられた時、ダイヤモンドは割れる。それと同じことを深影はやってのけたのだ。
 むろん、並の実力では不可能な技である。だが、深影の実力は並ではなかった。彼の唯一の長所は、そのズバ抜けた戦闘能力にあるのだから。

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「・・・・・・我は父の選択が間違っていたとは思えなかった・・・・・・だから、主と友になろうと思ったのだ・・・・・・父と同じ瞳をしていた主と・・・・・・だから・・・・・・」

 ヴェガの消え入りそうな声を掻き消すかのように、イレブンが警告を発した。

「奴ガコチラニ気ヅキマシタ。ココハ私ガ引キ受ケマスノデ、皆サンハ逃ゲテクダサイ!」

 植物による拘束を振りほどいたスピアヘッド・ドラゴンが、血の臭いを頼りに向かってくる。木々をなぎ倒し、草花を踏みにじりながら。イレブンはなおも植物による足止めを試みているが、その効果のほどは芳しくなかった。
 ヴェガが弱々しく口を開いた。

「・・・・・・いや、置いていくのは我ひとりでいい・・・・・・あの竜が我を喰らう間に・・・・・・他の者は逃げべきだ・・・・・・我はもう助からぬ・・・・・・それが最良の選択だ・・・・・・」
「な、治します! ヴ、ヴェガさんはわたしが必ず治しますから、だからそんなことは言わないでください!」

 アリスが必死になって治癒を続ける。
 イレブンが植物を操り、ドラゴンを食い止めようと奮戦している。
 深影がヴェガの腰から山刀を静かに抜いたのはその最中であった。

「・・・・・・刀を借りるぞ、ヴェガ」
「な、なにをするんですか、ミカゲさん・・・・・・?」

 震えるアリスの問いに、深影は静かに答えた。

「あの竜を倒し、この窮地を切り抜ける。そして今度は俺から言わせてもらおう。友達になってくれ、と」

 深影が前へと進む。他の者たちの制止を振り切って。
 進み来るスピアヘッド・ドラゴンが近づいてくる深影の存在に気づいた。ドラゴンは、深影の様子が先ほどと一変していることに内心で驚いたが、深くは考察しなかった。小賢しい敵を葬るために、なんの躊躇もなく角が振り下ろされた。

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「申シ訳アリマセン。助ケルノガ一瞬、遅レマシタ」
「そんなことはどうでもいい! それよりもアリス、ヴェガを診てくれ! おまえ、回復魔法なら使えるんだろう!」
「は、はい! す、すぐに!」

 アリスが急いでヴェガの傷口に手をかざした。他の者には理解不能な呪文を唱える。淡い光が生じ、ゆっくりとだが、確実にヴェガの傷口が癒えていくのがわかる。だが、ヴェガの状態が危険であることは誰の目にもあきらかであった。

「なぜだ・・・・・・ヴェガ・・・・・・」

 深影が問うた。

「なんで俺を庇った! 命を捨ててまで・・・・・・どうして!」

 ヴェガはごぼりと血の泡を吐きながら、弱々しく告げた。

「・・・・・・主には友になろうと告げた・・・・・・だからだ・・・・・・」
「そんなことのために俺を庇ったのか! なんでそこまで俺と友達になろうとする!」
「・・・・・・似ていたからだ・・・・・・主の孤独の瞳が・・・・・・父に・・・・・・」

 ヴェガの父親は動乱当時、地球勢力との最前線で戦う戦士だった。彼は戦いに勝利するため多くの地球軍兵士を葬ったが、ある時、重傷を負った地球人に救いを懇願され、その地球人を助けた。
 同胞たちはヴェガの父が助けた地球人を殺そうとしたが、ヴェガの父は頑なにそれを制止して地球人を護った。

「いずれ分かり合える日がくるかもしれないのだ。無用な憎悪の種は蒔くべきではない」

それが失敗だった。同胞は彼の行為を裏切り行為だと非難し、軍の中で彼は孤立した。その後、ヴェガの父は重傷を負って戦線を離脱したが、彼の孤立は村へ戻ってからも癒えることなく、より一層深まっていった。
 西暦二一三五年に〈ラーレスの和約〉が結ばれたとの報せを聞いた時、父親は寂しい瞳を向けてヴェガに言ったのだ。

「俺は地球人を助けた・・・・・・俺は、間違っていたのかな・・・・・・」

 翌日、ヴェガの父親は自殺した。自分の心の臓に剣を突き立てて。
 ヴェガは続けた。

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「グルオオオォォォォッ!」

 咆哮を発しながら深影めがけて角を振り下ろす。二本の角が乱舞する。空を斬り裂き、地面を抉り、岩を両断し、木々を切り払う。ドラゴンの猛攻を巧みに回避しながら、深影は銃を抜き放ち、引き金を引いた。
 ドウッ、ドウッ、ドウッ、ドウッ!
 拳銃から合計四発の弾丸が発射され、ぞれぞれがドラゴンの四つの目に着弾した。深影の射撃の腕は確かであり、弾丸は確実に瞳に命中したのだが、予想外のことに、スピアヘッド・ドラゴンの眼球は透過性のある高硬度の結晶膜に保護されていた。そのため、弾丸は眼球に届かずに弾かれ、視力を奪うことができなかったのである。
 深影は態勢を立て直すため、舌打ちをしつつ、さらに後ろへと飛んだ。そして衝突した。樹木に。

「しまった・・・・・・!」

 前方にのみ注意を集中させていたため、後方をまるで理解していなかったのだ。一瞬、深影の動きが止まった。それをドラゴンは見逃さなかった。
 深影を両断するため、二本の角が左右から振り下ろされる。
 その瞬間だった。
 深影の前に影が立ちはだかった。それがヴェガだと気づいた時、二本の金剛石の角が、ヴェガの身体に「×」を刻みつけた。

「ヴェガ!」

 深影が叫んだ。
 ヴェガの身体から、体内を巡っていた血液が解放され、噴き出す。
 それとほぼ同時だった。深影とヴェガの身体に植物が巻きつき、両名を密林の奥へとさらったのだ。同じようにスピアヘッド・ドラゴンの全身にも植物が巻きついたが、これは足止めのためであった。
 ふたりを救ったのはイレブンであった。
だが、彼がまず発した言葉は謝罪であった。

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プロフィール

ダメ人間

Author:ダメ人間
社会の底辺で生息している「ダメ人間」です。
若くないです。もうおっさんです。
戦記ものの小説を主に書いていますので、どうぞ見てやってください。

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