リュードは閉じていた目をゆっくりと開けた。そろそろ自分の値段が決定する気配がしたからだ。

「一〇万五八〇〇! 一〇万五八〇〇! 他にはないか!」

 進行役が怒鳴っているが、他に手を挙げる者はいない。
 手を挙げている者をリュードは見た。豪奢な衣類と宝石を身につけた、でっぷりとした脂肪の塊が手を挙げていた。目をギラギラと輝かせながら。
 リュードはもう一度、静かに目を瞑った。
 その時だった。

「一〇〇万」

 聞き違いか、と思うような単位が鼓膜を突いた。
 驚きとどよめきが会場を支配し、リュードは思わず目を見開き、声の主を見た。
 豪奢な衣類を身にまとった壮年の貴族が挙手していた。何人もの従者を従えており、ひと目で彼がただ者でないことがわかる。先ほどまで姿がなかったのは、今しがた会場に到着したからだろう。

「ひ、一〇〇万・・・・・・ほ、他にはいないか?」

 今度は誰も手を挙げなかった。
 決定した。高額な値をつけた壮年の貴族がリュードの新たなる主人となったのだった。
 その後、壮年の貴族は出品される奴隷を次々と落札していき、結局、残りの八十人近い奴隷をすべて落札してしまった。なにが目的か、その時はまだわからなかった。
 貴族の名前はアルフレット・フォンライト。「アスフォール三柱」が一家族、フォンライト家第四二代当主であった。

以下、スポンサーリンク

モッピー!お金がたまるポイントサイト
スポンサーサイト
line
 七万五千人の奴隷たちは交代で殺し、そして殺されていった。仲間を殺した者が次に殺されるのだ。自分が仲間に与えている苦痛を、次は自分で味わうことになるわけだ。恐怖で発狂する者が千人以上いたというから、この処刑の凄まじさがわかるであろう。七万五千人の奴隷たちは一ヶ月かかって全員が死に絶え、最後に残ったトーランは半ば発狂し、糞尿を垂れ流しながら死刑を執行されたという。薄笑いを浮かべながらノコギリを引き、彼の命を絶ったのはアグネス・ロスキュリアスであった。
〈トーランの乱〉の以降もアスフォールではしばしば奴隷たちによる反乱が起こったが、そのつど鎮圧され、その後二世紀はアスフォール王国に変化はなかった。
 奇妙な事件が生じたのは王国暦七〇〇年のことである。アスフォール南部に位置するピレーネ山脈のふもとのカザフ収容所で一万八千人の奴隷たちが一斉に姿を消すという事件が起こったのだ。二〇〇名の看守が全員殺害され、収容所の壁には彼らの血を使って文字が書かれてあった。

「いまにみていろ」

 それが奴隷たちが残した書置きであった。
 すぐに調査がおこなわれ、一万八千人の奴隷たちの捜索がはじまった。そして判明したことは、彼らがピレーネ山脈を目指したということであり、大半が力尽きて命を落としたということであった。ピレーネ山脈の中腹でおびただしい数の死体が発見されたことが揺るぎない証拠とされた。
ピレーネ山脈は標高が九〇〇〇メートルから一万一〇〇〇メートルという険しい山々が連なってできており、山脈の長さは北東から南西まで九五〇キロメートルにもおよぶ。標高八〇〇〇メートルより上は万年雪が層を厚くしており、人の行く手を阻む天然の要害となっているため、人が登るには適さない山だ。奴隷たちがなぜ、このピレーネ山脈を登ろうとしたかは不明のままだったが、調査は彼ら全員の死亡という結論で決着をみた。事実、彼らはその後、二度と歴史に姿を現さなかったのだから。
 アスフォールの歴史はその後も続き、現在、王国暦は九九三年を迎え、国王は四五代まで代を重ねている。魔法使いたちはいまだ栄華を誇っており、彼らの春は続いたままだ。逆に奴隷たちの極寒は厳しさを増すばかりだった。

以下、スポンサーリンク
日々の生活にhappyをプラスする|ハピタス
line
この奴隷たちへの非人道的な仕打ちに対し、奴隷たちはしばしば体制への反抗を試みたが、その企てはそのつど失敗している。強大な力を持つ魔法使いたちが反乱をそのつど徹底的に潰したからだ。
特に苛烈な弾圧として記録されているのはシャトルフ二世の時代、王国暦四九九年に勃発した「トーランの乱」であろう。これはトーランという奴隷青年がアルトリア地方の養殖場に捕らわれている女たちを助け出そうと仲間と共に立ちあがったことに端を発する。彼らの行動は他の奴隷たちの意思にも火を点け、数万人の大群まで膨れあがった群集団は、養殖場を解放し、管理人を殺害し、近くの町や村を破壊し、この勢いのまま王国を打倒しようと王都を目指して進んだ。
 そんな彼らの前に立ちはだかったのが「アスフォール三柱」が一家族、ロスキュリアス家の当時の当主だったアグネス・ロスキュリアスであった。
彼女は最初、反乱を起こした奴隷たちに降伏をうながした。しかし、それが聞き入れられないとわかると、魔法を使って巨大で長大な土の壁をつくり奴隷たちを囲んでしまった。そのまま身動きが取れず、兵糧攻めにあった奴隷たちは七日後に全面降伏する。だがそれは彼らにとっては地獄の始まりに過ぎなかった。後に奴隷たちは後悔することになる。あの時、餓死していればよかった、と。
 アグネスが彼らを生かしたまま捕らえたのは、むろん、慈悲のためではない。そもそも、たとえ当初の呼びかけどおり奴隷たちが降伏していたとしても、彼女は奴隷たちを決して許さなかったであろう。

「体制に刃向かう者には残酷なる死を!」

 それがアスフォール王国開闢以来の国是であったからだ。
 降伏したトーランをはじめとする七万五千人の奴隷たちは全員が殺された。しかも単純な処刑方法ではなく、刃の少ないノコギリを使っての斬殺であった。それも首を斬るのではなくわざわざ腹部を斬るのだ。地獄としかいえない苦痛である。しかも処刑人は反乱に参加した自分たち自身であった。

以下、スポンサーリンク
アンケートモニター登録
line
奴隷たちの用途は残酷を極めた。貴族が所有する鉱山や農場での強制労働、危険な魔法の実験台、主人への性の奉仕などなど。少ない水と食料で朝から晩までコキ使われ、鞭で打たれ、逆らえば拷問にかけられ、そして虫ケラのように殺される運命だった。奴隷のなかには得体のしれない薬物を投与されて悶死した者もいる。新種を創るため獣と強制的に交配させられた者もいる。主人の身代わりとして危険な精霊への生け贄として捧げられた者も多い。意味もなく、魔法使いたちの気まぐれによって殺された者は数えきれないほどだ。ただ魔法が使える可能性がゼロというだけで、彼らは人権を剥奪され、家畜以下の存在へと蹴落とされた。

「魔法使いでなければ人にあらず。魔法が使えぬ者、あるいは魔法が使える可能性を持たぬ者は家畜以下、ゴミでしかない」

 デル・モアは公然と宣言し、逆らう者を容赦なく殺していった。彼が定めた階級制度に反対する者は、本人のみならず、親子兄弟そして親類や遠類にいたるまでことごとく殺された。虐殺された人数は少なく見積もっても三五〇〇万人を超えたといわれている。
デル・モアは一〇三歳で長い人生に幕を下ろしたが、彼が構築した王国の基礎はそのまま継続され、王国の体制は揺るぎないものとなった。
 デル・モアの没後、王位は彼の孫であるスルトーラへと継がれ、その子供のシャトルフ、弟のザハムーラ、甥のリッテントロップと代を重ねていった。その間、奴隷たちは非道なる生活を強いられ、その数を減らしていった。
 そして第七代国王ハートネスの時代、奴隷たちは相次ぐ消耗によって全滅寸前となっていたが、ハートネスは階級を維持するために非情なる方法を思いついた。
奴隷の数を増やすため、人間の養殖場を作ったのだ。王国全土に。
奴隷の女たちは養殖場に監禁され、受精と出産を強制させられた。彼女たちには特殊な薬物が投与され、一度に双子や三つ子の出産が可能な身体に改造された。記録によれば、ミラ・ローズという女性は一度に一〇人もの子供を妊娠し、腹を裂かれて全員を産んだという。アリリア・フォーネという女性は生涯で二〇〇人を超す子供を産んだそうだ。その他、常軌を逸する最年少での出産記録も残されており、奴隷たちがいかに非人道的な扱いを受けていたかわかるであろう。人間の養殖場は王国暦三五九年から奴隷の数が回復する六八一年まで経営されていたが、その後、閉鎖された。

以下、スポンサーリンク
モッピー!お金がたまるポイントサイト
line
アスフォール王国は侵略の触手を各国へと伸ばし、ことごとくを滅ぼしていった。ズラーマ王国、シルトリンデ公国、カシャル皇国、デュアン王国、サルクリッド同盟諸国、ザンドーラ騎士団領国、アグエス王国、ニグルリット共和国、マーラ帝国、ウルストフ都市国家群など、アルフォールと敵対する国はすべて滅ぼされた。そして国が滅びるつど、各地では大量虐殺がおこなわれ、後世のある統計学者によれば、アルフォール王国が大陸全土を手中に収めるころには合計で一億人もの人間が殺されたという。その数は当時の人口のおよそ五分の一であった。
 なぜ、デル・モアはこれほど多くの人間を殺したのか。
 一説によればそれは、彼が契約していた闇の精霊〈闇の王ハザード〉の影響が大きかったのではないか、といわれている。上位種である闇の王は、唯一にして無二の闇属性の精霊であり、強大な力をもっている。ゆえに、契約による代償も巨大だったはずだ。デル・モアは闇の王と契約したことによって精神を蝕まれたのだとか、殺した人間はすべて闇の王に捧げる生け贄だったに違いないなど、根も葉もない噂が流れたが、真相は文字通り闇に包まれたまま不明であった。
 大陸統一後、デル・モアは全人民を対象として「選別」をおこない国民を三つの階級にわけた。それはアスフォールが魔法王国として踏み出す一歩でもあった。
 第一階級は特権階級である。あるいは貴族階級とも呼ぶ。彼らは全員が魔法使いであり、特権的な地位と富貴な生活が子々孫々まで保障された者たちであった。またデル・モアは、アスフォール王国成立以前より自分に忠実だったアランテーラ・ザムエル、アウグストス・ロスキュリアス、ジェノバ・フォンライトら三人の魔法使いに巨大な権力を与え遇した。彼らはのちに「アスフォールの三柱」と呼ばれる三家族の始祖である。
 次いで第二階級は庶民階級である。いわゆる平民たちだ。彼らには労働と納税の義務が課せられており、厳しい生活を強いられているが、それでもまだ第三階級の人間たちよりは随分とましであった。幸運と才能と根性と行動力さえあれば魔法が使えずとも裕福な暮らしを営むことができたし、魔法が使えるようになれば第一階級へと飛躍する可能性が残されていたからだ。事実、庶民から魔法使いとなり、貴族に列せられた者もいる。ただし、極めて少数であったが。
 最後の第三階級は奴隷階級である。彼らは人間の形をしたモノたちであった。彼らは全員が「選別」によって「子孫にいたるまで魔法が使える可能性がゼロである」と判断された者たちであり、所有物としての人生を強制された者たちであった。彼らのなかには学問や芸術で秀でた者や極めて高い身体能力や知的能力を有する者も数多く含まれていたが、問答無用で堕とされた。抗議した者はことごとく殺された。「選別」以降、「奴隷の子は奴隷」という概念が定着し、彼らはこれより、長くて厳しい冬の時代を迎えることとなる。

以下、スポンサーリンク
日々の生活にhappyをプラスする|ハピタス
line
line

line
プロフィール

ダメ人間

Author:ダメ人間
社会の底辺で生息している「ダメ人間」です。
若くないです。もうおっさんです。
戦記ものの小説を主に書いていますので、どうぞ見てやってください。

line
アクセスカウンター
line
最新記事
line
月別アーカイブ
line
カテゴリ
line
モッピー
モッピー!お金がたまるポイントサイト
line
ハピタス
日々の生活にhappyをプラスする|ハピタス
line
sub_line
日本ブログ村
line
日本ブログ村
line
リンク
リンクはフリーです。どうぞテキトーにお貼りください。
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
sub_line