シュトライザーは伝令から親書を受け取ると、それを紐解き、読破した。そして理解した。ここ数日の間に王都で何が生じていたか、そしてなぜ民衆と奴隷たちが王都より解放されたのかを。

「なるほど、そういうことか・・・・・・」

 シュトライザーは頷いて納得し、親書をまるめると、新たなる指示を待つ参謀総長へと視線を向けた。

「レーゲンドルフ」
「はッ」
「明日、アスフォールの新国王と会談を持つ。敵はどうやら、王国の降伏に関して協議をしたいそうだ」
「なんと! 相手側から降伏を申し出てきましたか。して、新国王とはどのような人物なのですか?」
「我々が要注意人物として指定していたエステル・フォンライトだよ。カザフの町で我が軍の追撃を振り切って逃亡したと思っていたら、王都で反乱を起こし、王位を簒奪したそうだ。まったく、愉快な話じゃないか」

 そう言ってシュトライザーは苦笑してみせた。こんな時期にあえてアスフォール王国の王位に就こうとは、なんと大胆な人物であろうか。よほど強い意志と決意がなければできない行為である。シュトライザーはエステルに対し、少なからぬ好意を抱かずにはいられなかった。

「だが、この事変、我々にとってはいささか不利に働くかもしれぬ。新国王が前国王よりも有能な人物であることは疑いようがないからな。会談には注意してあたるとしよう」
「はッ、承知いたしました」

 明日の会談がアスフォール王国にとって終わりの始まりとなるのか、あるいはまた別の結末へと導くことになるのか、いまの段階では、それはまだ神のみが知る未来の出来事でしかなかった。

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数日前、アスフォール王国は通達してきたはずだ。進撃を止めなければ王都の奴隷たちを皆殺しにする、と。それはすなわち徹底抗戦の宣言であって、籠城戦の選択であったはずだ。にも関わらず、なぜ王都から民衆を解放するのか。百歩譲って王都の住民を無用な戦闘行為に巻き込みたくなかったからだったとしても、奴隷たちまで解放する必要はないはずだ。奴隷たちを人間の盾として活用すれば帝国軍の攻撃を大いに妨害することができるだろうし、そもそも魔法使いたちが奴隷たちの身を案じるとは思えない。だが、王都から出てくる群集の中には明らかに奴隷と思われる者たちが大多数含まれており、その数はなおも増え続ける一方だ。

「敵はいったい、なにを考えているのだ?」

 狡猾で冷酷で残虐無慈悲な魔法使いたちが、なんの企みもなく奴隷や民衆を解放するとは思えない。なにか必ず裏があるはずだ。だが、その理由が何であるか、現段階ではシュトライザーにもわからなかった。

「・・・・・・レーゲンドルフ、確か我が軍の密偵が多数、王都に潜伏していたな」
「はい。情報収集と来るべき王都決戦での破壊活動のため、数にして一個大隊ほど潜ませております」
「この様子から察すると、おそらくその者たちも王都から出てくるはずだ。すぐに召集し、情報を分析させよ。大至急だ」
「承知いたしました」

 だがその時、レーゲンドルフが行動に移るよりも速く、前線より伝令が火急を携えてやってきた。

「ご報告いたします、皇帝陛下! アスフォール王国より使者が到来。新国王なる人物の親書を携えてまいりました!」
「新国王だと?」

 伝令の報告に若干の違和感を覚えたシュトライザーだったが、ほんのわずかに首をかしげただけですぐに察した。おそらく、王都内部でなんらかの事変が生じたのだろう。それによって国王が変わったに違いない、と。

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「彼らがこれまで恐慌をきたさなかった理由は、戦争に大敗しても前アスフォール首脳陣が抵抗の継続を決意し、降伏を選択していなかったからです。ですが、その心理的な支えをエステル様、あなたが帝国に対して降伏すると宣言したことによって壊してしまった。だから彼らは現実味を帯びた死に直面して恐怖し、恐慌をきたしたのでしょう。それが眼下で展開されている光景の正体なのです」
「そんな・・・・・・」

 エステルは絶句した。
 それから、もう一度、視線を下へと向けた。
 集まった数万人の群集は、なおもエステルに対してすがり、泣き続けている。死ぬのが怖い! と叫びながら。それは自業自得であるとはいえ、同情と哀れみを誘うには十分過ぎる光景であった。
 もしエステルが、冷厳で冷酷な人物であったなら、彼らに同情など覚えず、当初の予定通り計画を進めていたに違いない。だが、エステルはそこまで酷薄に振る舞うことはできなかった。たとえ自業自得だとしても、泣いて助けを求める者たちの手を、彼女は拒絶することができなかったからである。
 エステルは苦渋に満ちた表情で決断した。
 それは当初の予定より、やや脱線した決断であった。

          *

 一二月五日、王都ルクナバータの包囲を続ける帝国軍に驚きが走った。閉ざされていた王都の城門が突如として解放され、そこから群集が溢れ出てきたからである。報告を受けたシュトライザーは会議に同席していた幕僚たちと共に天幕を飛び出ると、報告の真実を確認して戸惑った。

「これはいったい、どういうことだ・・・・・・?」

 聡明なシュトライザーも敵側の思惑が理解できなかった。

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 エステルたちはしばらく呆然としていたが、やがてアルゴスが口を開いた。

「そうか、そういうことか・・・・・・」
「なに? どういうことなの、アルゴス?」
「はい。彼らは怖いのですよ――死が」

そう言ってアルゴスは説明した。
 魔法使いに対して激しい敵意を抱いている帝国は魔法使いたちに対して一切の容赦がない。占領地では一部の例外を除いてほぼ全ての魔法使いたちが殺害されている。もし、いま、王国が帝国に降伏すれば、当然、王都にいる魔法使いたちは粛清の対象になるはずだ。そうなれば多くの魔法使いたちが殺されるに違いない。奴隷たちを慈悲深く扱っていた魔法使いなど、ここ王都においては皆無であろう。ゆえに、帝国に対する降伏は、すなわち、彼らにとっては即、死を意味しているのだ。

「ならば力づくで抵抗するべきではないか、とエステル様であればお考えになるでしょう。ですが、全員が全員、エステル様のように強い意思と力をもっているわけではありません。むしろ大抵の人間は、意志も弱ければ力も弱い者たちばかり。それは魔法使いとて同じなのです」

 力の強い魔法使いたちは先の戦争によって全滅しており、王都に残っている魔法使いたちは力の弱い者たちばかり。その中でも勇気と行動力を伴う者はすでに王都からの脱出を遂げているため、いまここに残っている者たちは自分で自分の運命に抗うことすらできぬ正真正銘の弱者たちばかりなのである。戦うこともできず、ましてや逃げることもせず、ただただ迫り来る破滅の運命を待つしかない彼らに唯一できることは、自分たちより強い者にすがることのみである。たとえそれが、不当な行為によって王位に即位した人物であってもだ。

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具体的な計画としては、魔法使いたちの蜂起と同時に、アルゴスの魔法によって彼らの周囲に長大な土壁を構築し、包囲する。そしてエステルの魔法によって包囲網の中に一時的な低酸素状態を作りだすことによって動きを封じる。もしその包囲を突破する魔法使いがいたとしても、リュードを筆頭とする剣闘士たちが迎撃し、駆逐する。これによって反対勢力を押さえ込むことができるだろう。
先におこなわれた帝国との全面戦争によって力のある魔法使いたちはことごとくが戦死を遂げており、王都に残っている魔法使いたちは「魔法使い」と称すべきか疑問が残るほど力が弱い者たちばかりである。ゆえに、エステルは自分たちだけで迎え撃つことが可能だと考えていた。
 だが、どんな計画も、必ず計画通りに進むものではない。人間が全能ではなく、人智に限りがある以上、必ず不足の事態が生じるものだ。
 エステルにとって予想外だったのは、王宮に集合したフォレイト街の住民たちがとった行動である。王宮に到着するなり、住民たちは一斉に悲痛な声を上げ、まるですがるように泣き出したのだ。

「エステル様、降伏しないでください! まだ死にたくありません!」
「怖い! 怖いッ! 死ぬのが怖いですぅッ!」
「殺されたくない! 死にたくないッ!」
「帝国に降伏しないでください! お願いします!」
「まだ死にたくない、生きたいんです!」

 激しい慟哭と悲哀に咽ぶ魔法使いたちの群れを見て、エステルたちは絶句した。一瞬、眼下で何が起こっているのか理解できなかったからだ。

「ど、どういうことなの、これは・・・・・・?」

 エステルはうろたえた。否、エステルだけでなく、リュードも、アルゴスも、他の剣闘士たちも、いま目の前で起きている事象に狼狽せずにはいられなかった。王宮に集結した群集がどのような行動をとるか、ある程度は予測していたが、このような状況は想定外の出来事であったからだ。

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ダメ人間

Author:ダメ人間
社会の底辺で生息している「ダメ人間」です。
若くないです。もうおっさんです。
戦記ものの小説を主に書いていますので、どうぞ見てやってください。

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