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「愚かモノめ・・・・・・」

 ヴァン・クロイツァーが渾身の斬撃を放った。その攻撃は、横合いから彼を喰らおうと近づいた怪物の頭部に炸裂したのである。

「じゅぐりゅらるらあふあああぁぁぁ・・・・・・」

 意味をなさぬ奇怪な叫びが生じ、怪物が姿を現す。頭部が完全に両断されている。それは明らかに致命傷であった。
怪物はしばらくの間、奇怪な悲鳴を発しながら巨体を無秩序にくねらせて暴れていたが、やがて動かなくなった。頭部の目もすべて光を失っており、怪物がもはや生きていないことは明らかだった。

「・・・・・・」

 ヴァン・クロイツァーは無言で剣を鞘に収めた。報復を遂げたという満足感はない。あるのは仲間を助けられなかったという虚無感だけであった。
 ヴァン・クロイツァーは、しばらくの間、立ち尽くしていたが、やがて方向を転じて歩きだした。死んでいった仲間たちの死を少しでも意味あるものとするためには、彼が動かなくてはならない。成果を持ち帰り、探索を成功させるのだ。
 ヴァン・クロイツァーは廃墟となった町へと足を踏み入れた。スピルヘータが語っていた、エルフールに関するなんらかの情報を探し出すために。
 だが、町で彼を待ち構えていたのは絶望だった。

「カロロロロロロロ!」
「ジュララララララ!」
「ヴァルルルルルル!」

 町に入った途端、ヴァン・クロイツァーは無数の怪物たちに周囲を取り囲まれた。その数は三〇から四〇ほど。もしかしたらもっといるかもしれない。全て人型で、姿形は同一形態をしているが、体長は二テーラーから五テーラーと幅があり、体色も紫色の個体がもっとも多かったが、金色の個体や、黒色の個体もいる。名前は知らないが、この町がこの怪物たちの領域であることは明らかだった。
 ヴァン・クロイツァーは大きく息を吐いた。

「一難去ってまた一難か・・・・・・」

 ため息混じりに呟きながら、ヴァン・クロイツァーは剣を抜き放った。両眼に覚悟の決意を漲らせて。

「来いよ、化け物ども。全員まとめて相手になってやる!」

 咆哮が生じ、戦いが始まった・・・・・・。

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 怪物の巨体はヴァン・クロイツァーからすれば巨大な標的そのものである。ましてや激痛によって隙ができた最中だ。時間に換算すれば一秒に満たぬわずかな時間であったが、その間に、怪物の身体には無数の深い亀裂が刻まれた。
ヴァン・クロイツァーが斬撃を放つ。立て続けに放ち続ける。一切の容赦もなく、慈悲もなく、それは一方的な攻勢だった。怪物の身体は硬い鱗で覆われてはいたが、ヴァン・クロイツァーの技量をもってすれば薄紙同然であったといえる。ヴァン・クロイツァーの攻撃が炸裂するつど、怪物の身体には深い亀裂が生じ、青い血が溢れだす。激痛が走るつど、怪物は悶え、身をよじり、敵の攻撃を回避しようと身体を動かすが、ヴァン・クロイツァーの斬撃から逃れることができない。途中、怪物は反撃に転じ、巨大な顎でもってヴァン・クロイツァーをひと飲みにしようと試みたが、その刹那、斬撃が走り、右側に生えている腕が二本、切断された。

「じゅららららららららららららあああぁぁぁッ!」

 仰け反り、悲鳴のような咆哮を発する。それは悲哀に似た叫びであった。
怪物は巨大であり、俊敏であり、そして醜悪な様相をしていたが、その内実が巨大な蛇そのものであると敵に理解されてからは、哀れのひと言に尽きる。未知に対する恐怖がなくなったいま、怪物はもはやヴァン・クロイツァーの敵ではなかったからだ。

「痛いか、化け物? 恐ろしいか? だがな、おまえに食われた仲間たちは、もっと恐ろしかったと思うぞ」

 傭兵団に拾われてより二〇年、その間、ヴァン・クロイツァーはずっと戦場で戦ってきた。そしてこれまでに幾度となく死の危険にさらされながらも、そのつど生きながらえてきた理由は、彼が口にするように「悪運」だけが要素ではない。ヴァン・クロイツァーが持つ類稀な力――戦いの力こそが、彼を今日まで生かしてきた最大の要因だった。

「しゅらららら・・・・・・」

 自分よりもはるかに矮小な敵に圧倒されながらも、怪物はまだ戦いを諦めたわけではなかった。深手を負いつつも、戦うための余力はまだ残されていたのである。
 怪物が身体の体色を周囲の景色に同化させていく。姿を消し、気配を断って、ヴァン・クロイツァーへの反撃を試みようとしているのだ。
 だが、いくら体色を周囲の景色に同化させたといっても、すでに負っている傷や流れでている血まで一緒に同化することはできない。見えてはいないが、怪物の姿はまる見えだった。

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「・・・・・・」

 ヴァン・クロイツァーは、自分がなぜ生きているのか、もはや理解できなかった。自分よりも生きるべき価値を有する人間は他にも大勢いたのに、彼らはみんな死んでいき、自分はたった独りまだ生きている。
 だとしたら、自分も死ぬべきなのだろうか。

「・・・・・・・・・・・・否」

 という結論に達した瞬間、ヴァン・クロイツァーの体内から、恐るべき力が湧きあがってきた。それは猛烈な意欲であり、憎悪であり、怒りだった。この理不尽な世界に対する強烈な復讐心であった。
 自分は生きている。自分は生かされた。だとしたら、自分は生きている意味を見つけ、生き続けなければならない。死んでいった仲間たちの死を無駄にしないためにも、この大陸から生きて帰らなければならない。

「しゅらららららら・・・・・・」

 怪物が、残っていた得物を喰らおうと方向を転じた時、その瞳に映ったのは、先ほどまでのひ弱そうな生き物ではなかった。猛獣――いや、それ以上の怪物へと変じていた人間だった。
 次の瞬間だった。
 ヴァン・クロイツァーは、恐るべき速度で剣を抜き放つと、なんの躊躇もなく怪物に斬りかかったのである。それは一切の迷いがない斬撃であり、必殺の攻撃だった。
 怪物の身体に灼熱が生じた。それは深い亀裂のような傷であって、傷口から青い血が噴水のごとく噴出している。怪物の身体は金属を彷彿とさせるような硬い鱗によって覆われていたが、ヴァン・クロイツァーの斬撃はその硬度を凌駕していたのだ。

「じゅららららららッ!」

 悲鳴のような咆哮を発し、怪物が悶えるように身をよじる。どんな怪物であれ、痛覚を持つ生き物であれば、激痛は精神の均衡を崩すには充分な要素となる。怪物に生じた隙をヴァン・クロイツァーは見逃さなかった。

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だがその時、後ろから肩を押されて、ヴァン・クロイツァーの身体がぐらりと揺れた。何者が彼を押したのか、明白だった。

「死ぬな、ヴァン」

 と、声が聞こえた気がした。
 ヴァン・クロイツァーが思わず後ろを振り返りそうになった瞬間、黒い巨大な影が高速で彼の隣を通過していった。そしていまひとりを丸飲みにしたのである。

「・・・・・・ッ!」

 その瞬間が、ヴァン・クロイツァーの目には恐ろしいほどゆっくりと映っていた。
 旧大陸へ来る航中、船上で親しくなったジャン・ピエールは、ヴァン・クロイツァーに自らの夢を語ったことがある。医者である彼は、これまでにルドリア全土の僻地を渡り歩き、ろくな治療も受けることができない貧しい人たちを診てきたという。
ルドリアは、国是として平等を謳ってはいるが、その実態は一部の特権階級と権力者が優遇される社会構造となっており、都市部と地方では貧富の格差が激しいのだという。地方でも農村部の状況がより深刻で、農家は国に外貨獲得のための政策作物の栽培を強制された挙句、それを安い価格で買い上げられているため、地方では貧困が蔓延して困窮状態にあるのだという。なかでも特に深刻なのが子どもの貧困で、食うに食えなくなった農家では、子どもの売買が横行し、口減らしのための子殺しや、餓死や病死が相次いでいるのだという。
 ジャン・ピエールは、その状況を憂い、今回の探索に参加することを決めたそうだ。獲得した金で養児院を建設し、貧しい子どもたちを餓えや貧困から救うために。
 だが、ジャン・ピエールは死んだ。夢を叶えることなく、いや、夢の階を踏むことなくだ。それもヴァン・クロイツァーという生きていても死んでいても社会になんの影響ももたらさないような人物を助けて。

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全長が一〇テーラーを超える巨大な蛇のような怪物――そう、森の中で探索団を襲撃し、壊滅に追いやった化け物が、ヴァン・クロイツァーらの前に再出現したのだ。
 ヴァン・クロイツァーが再び呻いた。

「こいつ・・・・・・後をつけてきたのか・・・・・・」

 不覚にも気配に気づかなかった。いや、逃げるのに夢中で、それどころではなかったというのが実際のところだ。しかし、こうなるとそれは致命的な失敗だったといわざるをえない。

「しゅらららららら・・・・・・」

 巨大な蛇の怪物が、大きな口を開け、舌を舐めまわしながら奇怪で不快な音を発する。上顎部から生えている人間のような四本の腕が、まるで軟体動物を彷彿とさせるかのような動きで奇妙に動きまわっており、五つの頭部にある一〇個の目玉は、そのすべてがヴァン・クロイツァーとジャン・ピエールに向けられていた。次の標的を定めたのだ。
 怪物の身体がゆらりと揺れた。それは極めて流動的な動きであり、水流を彷彿とさせるような滑らかさであった。
 咄嗟にヴァン・クロイツァーが咆えた。

「逃げろ、ジャン・ピエール! 町の中に逃げ込むんだ!」

 それは覚悟の咆哮だった。ヴァン・クロイツァーは、自分の身を盾にして仲間を護ろうとしたのである。
 刹那の瞬間、ヴァン・クロイツァーは剣を抜き放とうとした。立ち向かうためである。しかし、怪物の方が遥かに俊敏であった。巨大な口を目一杯開け、ヴァン・クロイツァーをひと飲みにしようと襲いかかってきたのだ。その感の時間は、体感にしてゼロコンマゼロ秒以下の時間であったが、勝敗を決するには充分過ぎる時間であった。

「・・・・・・!」

 ヴァン・クロイツァーの目には世界が止まって見えた。そして彼は自分が死んだと思った。怪物の動きは速かった。速すぎた。自分の攻撃は間に合わない。回避は不可能。自分の運命はここで終わったと思った。

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