「カイル、それからフェリクス」
「はッ」
「は!」
「国へ戻るぞ。この負けいくさの後始末をせねばならん。そして――未来へと進まねばならん」

 フェリクスと、カイル・ルーの手を借りながら、シュナイザーは埋もれていた雪の中から立ち上がった。全身が痛み、まともに立つことすらままならず、歩くだけで脳が痺れるような激痛が走った。それでも、シュナイザーは苦痛を表情にはださず、毅然として振る舞った。痛みを身体の芯に刻みこむようにして。
時刻はすでに深夜となっており、辺りは暗く、遠くまで見渡すことはできなかったが、それでも見える範囲に散らばっている無数の死体を確認することはできた。いずれもメガシオンたちに殺されたエルザリオン軍兵士たちの遺体である。無傷な死体は一切なく、どの死体も、踏み潰され、引き千切られ、血塗れになって、原形を留めていないほど破壊し尽くされた無残なものばかりであった。なかには恐怖や苦悶の表情を浮かべたまま硬直している死体も数多く残されていた。
 シュナイザーは彼らに誓った。どんな手を使ってでも、奴らを、メガシオンたちを、この世から駆逐し、葬り去ることを。そのためであれば悪魔に命を売り払ってでも良いとさえ考えていた。

「・・・・・・みていろ、必ずや仇をとってやるからな」

 ・・・・・・この一ヶ月後、エルザリオン帝国は、チェザーレと同盟を結び、無力と化したカルナップやルドリアを併呑して、大陸全土の覇者となる。

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「ああ、殿下、ご無事で、ご無事で・・・・・・!」

 主君の無事を確認し、カイル・ルーはその場で泣き崩れた。それから彼は詫びた。メガシオンとの戦いに敗れたことを、多くの将兵たちを助けられなかったことを、そして主君の危機に馳せ参じることができなかったことを。

「・・・・・・謝る必要はない。お主はよくやってくれた。それに、こうなった原因は俺自身にあるのだからな」

 単身でメガシオンに戦いを挑んだことは口にしない。一時のこととはいえ、自分を見失い、冷静と沈着を欠いて指揮官としての職務を放棄したことは、どんな言い訳をしたとしても恥部にしかならないからだ。たとえ単独で五体ものメガシオンを倒していたとしてもだ。

「それよりも、お主、よくぞ無事だったな。いや、本当に生きていてよかった」
「ありがとうございます。すべては、殿下より賜ったこの剣のおかげです」

 そう言ってカイル・ルーは腰に下げていた剣に目をやった。

「この剣があったからこそ、窮地を斬りぬけ、メガシオンたちを倒すことができたのです。この剣がなければ、おそらく、自分も英霊たちの列に加わっていたでしょう」

 戦いの最中、カイル・ルーは幾度となく危機に陥った。馬を撃たれ、仲間たちを永久に失い、戦場で孤立し、無数のメガシオンに囲まれて、もはや絶対絶命かと思われたが、カイル・ルーはその窮地から脱出することができた。彼自身の力と、そしてこの剣の力によって。

「・・・・・・それほど凄かったか、その剣は」
「はい。もしこの剣がもっと多くあれば、メガシオンたちとの戦いも違った結末となっていたかもしれません」
「そうか・・・・・・」

 シュナイザーは小さく息を吐き、それからわずかに天を仰いだ。内心でひとつの決意を固めたようであった。

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「は、はい。怖くて震えていたら、崩れてきた天幕の下敷きになって・・・・・・すみません、お役に立てなくて・・・・・・」
「・・・・・・いや、いい。生きていただけで、それでいい」

 そう言ってシュナイザーはフェリクスの頬を撫でた。暖かい涙がシュナイザーの手を伝う。氷のように冷たくなっていたシュナイザーの手に、ほんのわずかな温もりが戻った。生きているのだと、シュナイザーは思った。

「・・・・・・フェリクス」
「は、はい!」
「・・・・・・いま、どうなっている? 他に無事な者はいるか?」
「わ、わかりません。戦場はどこも死体だらけで、誰が生きているのか、死んでいるのか、もう検討もつかない状態で・・・・・・」
「そうか・・・・・・」

 その時だった。

「殿下、殿下!」

 自分を呼ぶ声がした。しかもその声は聞き覚えがある声であった。
 シュナイザーは駆け寄ってくる声の主を見た。

「カイル、おまえも無事だったか・・・・・・」

 シュナイザーは小さな声で呟いたが、駆け寄ってくるカイル・ルーは、お世辞にも無事な姿とは言えなかった。身につけていた甲冑は半ば砕けており、むき出しになっている身体には大小無数の傷ができていて、血や油で汚れていた。しかし、瀕死の状態のシュナイザーと比較すれば、随分とマシな様子であった。

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 単身、メガシオンに果敢に挑むその姿は、逃げ去る多くの将兵たちによって目撃されていた。その内の幾人かは、メガシオンと戦っている人物が自分たちの総帥であることに気づいたが、加勢に向かう者もいなければ、戦いを止めようとする者もいなかった。それは彼らが意図的にシュナイザーを無視したわけではない。その戦いは次元の違う戦いであり、一瞬どころか刹那すらつけ入る隙がなかったからだ。
 命を捨てたシュナイザーの猛威がメガシオンたちを襲う。そして破壊する。隙を突き、急所を突き、なければ強引に作りだして、一体、また一体と葬ってゆく。生身でありながら、これほどまで金属の巨人たちと互角以上に渡り合えた人間は他にはいないであろう。カイル・ルー、ティーゲルト・ダーディル、ヴァン・クロイツァーなど、世界には個力でメガシオンと戦える猛者たちがいるが、いまのシュナイザーにはその誰もが及ばないであろう。死力を尽くして戦うその姿は、まさに怪物。すべての敵を打ち倒すまで、もはやシュナイザーは止まらない。自分の命が尽きるとしても、彼はメガシオンたちが許せなかった。
 激しい戦いは深夜にまで及び、やがて静寂が訪れた。
 世界が静かに闇に没した。



「・・・・・・」

 何者かが呼ぶ声で気がついた時、シュナイザーは、ボロきれのような状態で雪の中で目を開けた。血で真っ赤に染まった雪の中で。

「殿下、ああ、殿下! よかった、気がついて!」

 そう泣きながら自分を抱き起こしたのは、侍従のフェリクスであった。
 シュナイザーは思わず目を見開いた。

「フェリクス・・・・・・おまえ、無事だったのか・・・・・・」

 シュナイザーは力なく呟いた。

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 シュナイザーの命令は津波のごとくエルザリオン軍を駆け巡り、将兵たちがまるで鞭で打たれたかのように故国の方角へと向かって走りだした。
兵士たちが逃げてゆく。走ってゆく。武器を捨て、甲冑を脱ぎ捨て、泣きながら、あるいは必死の形相で、ただひたすら命が助かることを望みながら、地獄の戦場から脱出しようと駆け去っていく。しかし、そのなかに命令を下した当の本人の姿はなかった。
 シュナイザーの姿はなおも戦場にあり、メガシオンと対峙していた。自分が指揮官として失格だと認識しつつも、シュナイザーは戦わずにはいられなかったのだ。
 自分の周りで部下たちが殺されてゆく。兵士たちが惨殺されてゆく。それは一方的な戮殺であり、正視に耐えうる光景ではなかった。責任と、重圧と、良心の呵責が相まって、シュナイザーの心臓を掻き毟った。

「ああああああああああああああああああああああッ!」

 苦悩の極、彼は自分を見失った。
 叫び、咆え、絶叫しながら、シュナイザーがメガシオンに襲いかかる。すでに剣は半ば折れ、刃もノコギリのようにこぼれている。にも関わらず、シュナイザーの斬撃はメガシオンの装甲に亀裂を生じさせるほど強力だった。
 銃撃による応戦がある。電磁反応装甲が炸裂し、シュナイザーの身体に高圧の電流が流れた。身につけていた甲冑はすでに吹き飛び、全身が血塗れのボロボロになっても、シュナイザーは怯むことなく戦い続けた。痛覚が死に、感覚も死に、脳が許容できる限界の力を超え、骨が折れ、筋繊維が断裂し、皮膚が裂け、肉が飛び散り、身体が崩壊してもなお、彼は戦わずにはいられなかったのだ。戦わなければ、彼は心を保つことができなかったから。

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プロフィール

ダメ人間

Author:ダメ人間
社会の底辺で生息している「ダメ人間」です。
若くないです。もうおっさんです。
戦記ものの小説を主に書いていますので、どうぞ見てやってください。

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