だが、決意はなお一層と固さを増したようであった。利き腕に力を込める。手にしていた酒瓶が粉々に砕け割れた。それはあたかもナトゥース王国の未来を暗示しているかのような光景であった。
 ここで思い出したようにジークが問いかけた。
 それは必ず伝えると約束したレミリアからの要望だった。

「そういえば、使者としてやって来たレミリア王女は、血を流さない平和的な解決方法を模索したいと言っていたが、どうする?」

 エリアスは発言せずに沈黙を保ち、ディルクを見た。ディルクに解答権を譲り、その意思を尊重することを暗黙の内に促したのである。
 ディルクの返答は簡潔を極めた。
 ギラリと眼が鋭く光る。

「平和的解決などありえない。この国を滅ぼす。そして血泥の海に沈めてやる。レイモンド王を玉座から引きずり下ろし、貴族どもを皆殺しにしてこの国を徹底的に破壊してやる。弱者を虐げる連中をつるし上げ、火にくべて燃やしてやる。そして我らの手で、新たなる秩序の構築を!」

 賽はすでに投げられているのだ。
 もはや止めることはできず、引き返すこともできない。
 ただただ、前へ向かって突き進むのみだ。

 ・・・・・・数日後、ブレスト地方からナトゥース全土に向けて発表された声明によって王国に激震が走った。それはブレスト地方の総督ローシュと、行方不明とされていた前国王の娘エリアスによる共同声明であった。

「前国王マイモンドの娘たるエリアス及びブレスト地方総督ローシュより王国全土に布告する。王女エリアスこそがナトゥース王国の正当なる王位継承者である。よって、不法によって王位を得た簒奪者レイモンドを打て! 簒奪者レイモンドを打倒し、正当な王位を回復せよ。忠ある者は武器を取りクローレンツの地に集え!」

 かくしてナトゥース王国を震撼させる「ブレスト戦役」が始まる。

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 エリアスの話を聞いて、ディルクもジークも珍しく沈痛な表情となった。一歩間違っていれば、彼らもその男と同じような運命を辿っていたのかもしれないのだ。敵側にいる人物とはいえ、過去の自分たちと重ねて同情せずにはいられない。

「それで、名前はなんというんだ、その男は」
「確か・・・・・・アイテル、といったかしら」
「!」

 エリアスの何気ないひと言を聞き、ディルクの表情が一瞬にして強張った。過去の情景が唐突に蘇り、最後に見た弟の顔が目に浮かんだからだ。脳裏に浮かんだ弟は、人生を諦めた悲嘆に満ちた表情をしていた。
 続いて、唯一ディルクの過去を聞いたことがあるジークが驚きの声を上げる。ディルクの目に見える表情の変化を受け、気づいたのだ。

「ディルク・・・・・・確かその名前って、おまえの弟の名前じゃ・・・・・・」

 それを聞いて、今度はエリアスが驚いた。

「本当なの、ディルク!?」
「・・・・・・」

 ふたりからの問いかけに対して、ディルクはしばし沈黙を保っていたが、やがて口を開いた。

「・・・・・・確かに、アイテルは弟の名だ。だが、同一人物とは限らん。それよりもいまは計画を成功させることだけを優先して考えるべきだろう。何しろ、賽はすでに投げられているのだからな」

 その返答を聞き、ジークもエリアスも口を閉ざし、視線を反らした。
ふたりはこれ以上の疑義をディルクに問いかけることを止めた。むしろディルクの心の動揺に気づき、積極的に触れないように心がけた。口にした言葉こそがディルクの意思。そう結論付けて。
確かにディルクの心には動揺が走っていた。久しぶりに聞いた弟の名前、そしてその名の者が受けたという壮絶な過去の話。わずかでも心がある人間であれば動揺せずにはいられないだろう。しかし、それが大きな傷口となって開くことはなく、表面上、彼は沈着冷静なままであった。否、今の自分の立場を考えれば冷静を装わなければならなかった。

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 あの夜、ディルクとアルバトロスの斬撃の応酬は千を超えてなおも終わりを見せず、激闘は半夜に渡って続き、屋敷はその余波によって全壊したほどだ。アルバトロスの予想外の反撃によって苦戦を強いられたディルクであったが、最終的には潜在的な力の差が決定打となった。経験と技術では補えないほどの鋭い一撃がアルバトロスに叩き込まれ、彼の命を断った。
 この戦いによって王宮の重鎮アルバトロスは散り、ディルクは自身にさらなる可能性を見出すことができた。死闘が終結した時、ディルクが抱いた感情は、自分を成長させてくれたアルバトロスに対する感謝の念であった。身体に出来た無数の傷は、その時の死闘によってできたものである。
 酒精によって鈍痛を発する傷口をさすりながら、ディルクは口元に亀裂のような笑みを浮かべた。それは極めて危険な笑みであった。

「予想外のことがあったとはいえ、計画は順調だ。アルバトロスの死によって王宮は混乱するだろう。そして犬猿の仲であるレミリアとブラッドリーの間にも不協和音の亀裂が生じるはずだ。敵戦力の分散と各個の撃破こそが、この計画の要なのだからな」

 アルバトロスという要を失ったことによって王宮は揺れるだろう。そしてレミリアとブラッドリーの対立が表面化するはずだ。カードを扱えるこの両者の対立は王宮側にとってはさらなる問題の種となろう。当然、両者は協力などせず、関係も改善しようと努力しないだろう。分裂したまま戦争に突入するはずだ。後はどちらが先に出撃してくるかだが、それはどちらでも構うまい。先に出てきた方を先に叩き、後に出てきた方を後で叩く。簡単なことだ。協調性を欠く軍隊ほど脆い存在はないのだから。「打倒ナトゥース」という目的は、遠からず実現するであろう。

「しかし不殺の騎士、か。何者だろうな、いったい。イェンスとカスパルト、それに団員三〇名を一瞬で撃破するとはただ者ではないな。注意すべき武人として挙げていたのはアルバトロスとトゥナイゼルだけだったが、その者も警戒の対称にすべきかも知れん。何か知っていることはないか、エリアス」
「レミリアの護衛の男でしょう。ええ、知っているわ。常に仮面を被っている寡黙な男で、なんでも、人を殺すことができない騎士だとか。剣の腕が立つとは聞いたけど、まさかそこまで強いとは知らなかったわ」
「ふむ。その男の経歴は?」
「確か、何年か前にレイモンドによって保護された元奴隷のはずよ。なんでも以前に仕えていた館の主人に酷い虐待を受けていたとかで、全身は傷だらけ。その後遺症のためか、自分の名前もわからないほど重度な記憶喪失を患っているとか。常に仮面を被っているのは顔を硫酸で焼かれたため、酷く焼けただれているからだと聞いたわ。押収した資料によって、辛うじて名前だけは判明したそうよ」
「酷い話だな、それは・・・・・・」

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「・・・・・・そうか、それは大変だったな」

 レミリアとの会談から数日後、クローレンツに帰還したディルクは自宅にてジークから自分が留守中の出来事についての報告を受けた。血と汗で汚れた衣服を脱ぎ捨て、エリアスから渡された酒瓶の中身を一口だけ口に含むと、残りを頭から被った。酒精が無数の傷口に沁みて心地良い。

「本当にすまない。俺が不甲斐ないばっかりに・・・・・・」
「気にすることはない。立てた計画が全て順調にいくとは限らない以上、想定外のことも発生するし、修正もせまられるだろう。それに、生かしておいた方が何かと役に立つこともある。当初の計画通りにな。それよりもこちら側に損害が出なかったことを素直に喜ぶべきだ。イェンスとカスパルトも無事だったんだろう?」
「ああ。丸一日ほど意識を失ったままだったが、いまは快復して訓練に先頭に立ってる。手も足も出ずにやられたことが相当悔しかったのか、ふたりとも猛特訓の最中だよ」
「ならいい。敗北に打ちひしがれて自信を無くすよりははるかにマシだ」
「・・・・・・随分と上機嫌だな、ディルク。何か良いことでもあったのか?」

 ジークに指摘され、ディルクはニヤリと笑った。

「久しぶりに骨のある相手との戦いだったからな。終わってからもなお気分が高揚したままだ。アルバトロス――老齢の将とはいえ、いままで戦った誰よりもズバ抜けた強者だった。俺も老いてなお、ああなりたいものだな」

 ・・・・・・先日、ディルクは王宮の重鎮たるアルバトロスを暗殺するため、彼の屋敷に潜入した。かつては最前線で活躍していた猛将とはいえ、いまは第一線を退いた老将に過ぎない。ディルクは任務達成は簡単だと考えていた。
 だが、その考えが甘かったことにすぐに気づかされた。老いてなおアルバトロスは強者であった。身体的、精神的な衰えを経験と技術で補い、いまがまさに最盛期のディルクと互角の死闘を演じたのだ。

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 振り下ろされた無数の乱刃がレミリアを切り刻もうとするまさにその寸前、護衛の男が動いたのだ。護衛の男の姿がジークの視界から消えた。
 次の瞬間だった。
 イェンスとカスパルト、そして殺到した団員たちがほぼ同時に弾かれたのだ。弾かれた彼らは、全員が壁際まで吹きとばされ、激突し、そして意識を喪失した。それで終わりだった。ほぼ一瞬の出来事であった。

「・・・・・・ッ!」

 いったい何が起こったのか、ジークは理解できなかった。彼が考えうる出来事にはない想定外の事態だった。イェンスとカスパルトは兵団の中ではディルクに次ぐ実力の持ち主である。選抜された団員たちも幾度と無く死線を潜ってきた猛者たちばかりだ。その彼らが、一瞬にして返り討ちにあったのだ。ジークは我が目を疑わずにはいられなかった。

「バ、カな・・・・・・」

 信じられない、という思いが強い。振り絞るようにやっとのことで発した言葉がそれであった。それが精一杯だった。
 絶句するジークに対し、先ほどよりやや落ち着いた様子のレミリアが語りかけてきた。

「ご安心ください。わたしの騎士は「不殺の騎士」。ゆえに、あなたの部下の方々は気絶しているだけで、死んではいないはずです」
「・・・・・・不殺? 殺さないのですか、あなたを殺そうとした我々を・・・・・・?」
「殺しません。死が争いを呼び、争いがさらなる死を呼ぶ。その不毛な連鎖を断ち切るために、わたしはいまここにいるのです」
「なるほど・・・・・・ご立派なことだ」

 力無くジークは肩を落とした。
 耳を澄ますとかすかに呼吸音が聞こえてくる。それはレミリアに襲いかかった団員たちのものであった。確かに、彼らは生きているようだ。ここまで意思を貫かれたのであれば、敗北を認めざるを得ない。
 ジークは足を組みなおした。床に這いつくばり、頭を抱えて震えたままのローシュにはもはや目もくれない。

「あなたの意思は承知した。後で必ず我らが団長とエリアス王女に伝えよう。しかし、その結果がどうなるかはわからない。ゆえに今日のところはお引取り願いたいのだが、いかがでしょうか」
「わかりました。わたしも確かめなければならないことができましたので、一度、王都へ帰還したいと思います。願わくば戦場で相まみえないことを願っています」

 身を翻し、レミリアが退出していく。硬い表情を保ったまま。
 その後ろ姿を、ジークはただ見送ることしかできなかった。

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プロフィール

ダメ人間

Author:ダメ人間
社会の底辺で生息している「ダメ人間」です。
若くないです。もうおっさんです。
戦記ものの小説を主に書いていますので、どうぞ見てやってください。

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