ジーク指揮の下、各地に潜む工作員たちを通じて、ブラッドリー率いる討伐軍の悪逆非道なおこないがすでにナトゥース全土に伝わっている。誇張せずとも事実を流布しただけで人心は動揺し、今後の戦況如何によっては、反乱軍側に寝返る者も増えてくるに違いない。それは一般の市民のみならず、貴族や王族などにも伝播していくはずだ。
 これだけでも十分、王国に亀裂を生じさせるに足るが、それだけではない。
属国や隣国に派遣した密使を通じての作戦も決行の予定である。ナトゥースの属国であるカドゥラ王国やザイラム公国では、近年、ナトゥースからの自治独立を目指した動きが活発化している。隣国のグロネリア王国も、先年の外交的敗北の雪辱を晴らすべく、報復の機会を虎視眈々とうかがっている最中だ。これらの国を通じてナトゥースを外から攻撃させ、内部から侵蝕の度合いを深めていけば、ナトゥース王国など蚕食された桑の葉も同然である。崩壊は必至だ。
 ディルクがニヤリと笑った。

「そうか。それは何よりだ」

 もう次の戦いに向けた準備は完了している。先の戦いで受けた損害は限りなくゼロに等しく、勝利の余韻によって兵たちの士気は高い。先の戦いの影響によってブレスト地方の住民たちの支持も完全に得られた。ブラッドリーが所持していたカードの回収も済み、保有するカードの質と量は飛躍的に強化されている。計画はかぎりなく順調であった。
 ディルクがソファーから立ち上がり、窓から外を見た。空には雲一つなく、世界が地平線の彼方まで広がっている。目に見える全ての領域がナトゥース王国のものだ。

「次の戦いに勝利した後、侵略の矛先をブレスト地方領外へと進める。手始めにアルガルト地方を、次にレガンタ地方を、その後は順次、近隣の領域を。そしていずれは、この国の全てを我が勢力で覆いつくしてやる」

 ナトゥースの征服が完了した後は大掃除の始まりだ。王族を殺し、貴族を殺し、弱者を搾取する全ての圧制者たちを根絶やしにして、この国を破壊し尽くしてやる。その時こそ、ディルクの野望が成就する時なのだ。

「ナトゥース王国に破壊と滅亡を」

 幼き頃、全てを奪われた少年は、いまここに全てを奪う復讐者として立っている。彼は悪であろうか。それとも、彼をそう駆り立てたこの国こそが悪であろうか。歴史はまだ、黙したまま語ろうとしない。
 数日後、レミリア率いる討伐軍がブレスト地方への侵入を開始した。
 第二次ブレスト戦役のこれが始まりである。

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 討伐軍第二陣出陣の一報は、すぐさま王都に潜む密偵から連絡用の鳩によってブレスト地方のクローレンツにもたらされた。
 驚きはない。予想通りだからだ。
 連絡を受けたジークがディルクのもとへ赴き説明をおこなう。ソファーに身を沈め、傍らにエリアスをはべらせながら、ディルクはジークの言葉に耳を傾けた。

「王都からの連絡によると、討伐軍の第二陣が王都を出立したようだ。兵力総数は一五万五千。騎兵六万、歩兵八万、それにトゥナイゼル騎士団まで加わっている。ブラッドリーの時よりも多いぞ、ディルク」
「とるに足らん問題だ。いくさは大軍を編成すれば勝てるわけではない。勝てるかどうかは指揮官の実力と力量による。で、討伐軍第二陣の指揮官は誰だ?」
「事前の予想通り、討伐軍第二陣の指揮官を務めるのはレミリア王女のようだ。アルバトロスとブラッドリー亡き今、まぁ、当然といえば当然だろう。しかし、彼女は実戦経験がないからな。補佐役としてナキウス・ベルカッツ将軍、ライザンデ・ファラ将軍、そしてトゥナイゼル・セカンド騎士団長が就いているそうだ。実質、こいつらが実戦指揮官といえるだろう」
「だろうな。実績を鑑みれば、まず間違いない」

 三〇年戦争の最中、クナルスの戦いで活躍したナキウス・ベルカッツは猛将として名高く、ザイラムとの講和を成立させたことで知られるライゼンデ・ファラは思慮深い智将として知られている。一介の傭兵から実力によって取り立てられたトゥナイゼル・セカンドは、三〇年戦争末期にレイモンドに取り立てられ、騎士の称号と正規の騎士団の承認を得た。そのため国王への忠義が厚く、文武両道に長けた将であり、これまでの戦績を考慮すればディルクに匹敵する実力を持っているかもしれない人物だ。いずれも二流とは言い難い人材ばかりである。
 だが、ディルクもジークも恐れてはいない。決戦に臨む前に、有能な指揮官たちにはこの世から退出してもらえば良いだけなのだから。頼れる指揮官を失った大軍など、烏合の衆も同然である。

「それよりも、その後のことに関しての状況はどうなんだ?」
「むろん、順調だ。各地に蒔いた種は順調に育ちつつある。次の戦いが終わる頃には美味しく実っていることだろう」

 計画は進行中だ。

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「本当に・・・・・・申し訳ありません・・・・・・」

 低頭し、謝罪の言葉を口にするグラウニーに対し、レミリアも、そしてレイモンド王も沈痛な表情を浮かべて沈黙したままだ。
 今回の敗北によってもたらされた衝撃は大きい。軍事的な敗北だけでなく、人道的な観点からいっても大敗北だ。
 ブラッドリーの蛮行によってブレスト地方の人心は完全に王国側から離反したとみていいだろう。噂が伝播すれば、他の各地方にも動揺が走り、エリアスが蒔いた反意が増殖するかもしれぬ。そうなればナトゥースの属国や同盟国、あるいは敵意を抱く隣国が再び不穏な動きを見せ始めるかもしれない。そうなれば、いままで築き上げてきた平和と平穏が一瞬にして水の泡だ。

「全ては余の責任だな・・・・・・」

 深刻なため息と共に、レイモンド王は呟いた。こうなってくると不手際だけが目についてくる。配下の騎士団を動かしての王位の簒奪、エリアスの幽閉、そしてブラッドリーの登用などだ。戴冠以降敷いてきた無血の善政も、悲しいことにそれら汚点の前にはかすんでしまう。

「・・・・・・どうしたものか」
「弱気になっていてもはじまりません。この上はわたしが軍を率いてブレスト地方に向かいます。もうこれ以上、事態を悪化させないためにも」

 レイモンドは再び大きくため息を吐いた。

「そうだな。もう、それしか方法はない」

 カードを使う者に対抗するためには、やはりカードが扱える者でなくてはならない。そしてその者は、もはやレミリアにおいて他にいないのである。

「だが、できればカードの力は使ってほしくない。カードの力は人智を超えた力だ。古の超常の帝国エリューシオンですらその力を制御できず滅亡した。ナトゥース建国の祖アルジャーノ一世もカードが原因で王都を一度、滅ぼしている。だからこそ、くれぐれもカードの力を使わぬよう努力してくれ。いいな」
「わかりました。父上のご期待に沿えるよう、努力いたします!」

 力強い言葉を述べ、レミリアは身を翻した。
 ・・・・・・数日後、討伐軍第二陣がブレスト地方を目指し、王都を出立した。王国暦三二三年一〇月二五日のことである。

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 この「レベレス川の戦い」により、王都から派遣された討伐軍は撤退を余儀なくされた。全軍の六割以上の戦闘員を失い、さらには総指揮官を務めるブラッドリーをはじめとする名だたる将軍たちが軒並み戦死して、もはや戦うどころではなかった。
 残された指揮官のうち、もっとも階級が高かったグラウニーが決断を迫られた。彼は現在の状況と今後について考えた末、結論をだした。

「戻ろう、王都へ」

 もはや戦うどころではない。それは英断に近い決断だったといえよう。実際、王都への帰還の報を聞いてホッとする兵士たちが多かった。彼らは肉体的よりも精神的に疲弊しきっており、王都に帰れることを素直に喜んだ。こうして生き残った討伐軍は王都を目指して撤退をはじめたのである。
 だが、彼らの撤退は平和裏にはいかなかった。
 ディルク兵団による追撃、そして復讐心に駆られた住民たちの襲撃を波状的に受けたからだ。夜襲や奇襲が昼夜を問わず頻繁におこなわれ、少しでも集団からはぐれた兵士はたちまち住民たちに捕まって私刑を受けた。敗走する討伐軍の兵士たちにとってはたまったものではなかっただろう。ブレスト地方での蛮行はブラッドリーとその親衛隊たちによっておこなわれたのである。本来であれば彼らが全ての責任を負うべきであろう。しかし、ブラッドリーも、配下の親衛隊たちも、もはやこの世にはいない。そして、住民たちからすればそんなことは関係ない。なぜならば、蛮行は「討伐軍」によっておこなわれたものなのだから。
グラウニーは大量の物資を放棄して退却を急いだが、それでもブレスト地方を出るまでに二万人近くがさらに命を奪われた。やっとの思いで王都に帰還した時、討伐軍の数は三万人近くまで減っていた。惨々たる有様であった。

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しかし、勝負が真剣である以上、勝敗は必ず決しなければならない。
 総合的な実力においてブラッドリーはディルクを上回っていたかもしれない。しかし、ことが純粋な武力衝突のみであれば、この勝負の行方は明らかである。ディルクの剣がうなりを上げてブラッドリーに叩きこまれた。
 ズバッ。肉と骨が断たれる音がした。
 ブラッドリーの剣が宙を舞った。同時に彼の片腕も。刹那にも満たない一瞬の隙を突かれ、ブラッドリーは戦闘能力を奪われた。
 激痛に顔を歪め、切断面を残った手で抑えるブラッドリー。
 その面前に剣先が突きつけられた。

「なにか言い残すことはあるか?」
「・・・・・・頼みならある」
「命乞いなら聞かんぞ」
「いや、そうじゃない。殺すなら首の切断は半ばで止めておいてくれ。おまえほどの腕があれば可能だろう」
「なぜ?」
「なぜ? 決まっているだろう。死ぬ間際、噴出す血の音を聞きたいからさ」

 まさに狂人。彼にとっては自分の死ぬ瞬間さえ、興味の対象でしかなかったのだ。
 ブラッドリーの異常性に、ディルクは口元をひきつらせた。

「この狂人め」

 振り下ろされた剣がブラッドリーの頭上に落下し、そのまま彼の身体を通過した。肉も、骨も、装着していた甲冑すらも両断して、ブラッドリーは二つに割れた。
 死の刹那、ブラッドリーは不思議な感覚に襲われた。視界と意識が二つに分かれていく。それは彼がいままで経験したことがない感覚だった。

「いいね、これ」

 それがブラッドリー最後の言葉であった。
 彼は笑った状態で息絶えた。
 ブラッドリーの死により、レベレス川西岸でおこなわれていた戦闘行為は終結した。討伐軍側の戦死者の数が一万人を越えたのに対し、ディルク兵団側は負傷者も含めて一〇〇人に達しなかったのである。ディルク兵団の一方的過ぎる勝利だった。

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ダメ人間

Author:ダメ人間
社会の底辺で生息している「ダメ人間」です。
若くないです。もうおっさんです。
戦記ものの小説を主に書いていますので、どうぞ見てやってください。

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