討伐軍は追わなかった。そんな余裕が彼らにはなかったからである。軍の立て直しと、陣地の防御でもはや手一杯だったからだ。
一夜明けて損害が判明した。討伐軍の戦死者数は三六二八名。負傷者の数はその倍以上になる。しかしより深刻だったのは、戦死者の一割以上が軍の指揮官だったことである。百人長から将軍にいたるまで、三八五名が殺された。しかもその死者の列にはナキウス・ガッツベルクとライゼンデ・ファラも名前を連ねていたのだ。その報告を聞いてレミリアは思わず天を仰いだ。数以上に、討伐軍の人的被害は甚大だった。
「・・・・・・これから、いかがいたしますか?」
もはや唯一、レミリアを支える将となったトゥナイゼルが問いかけてきた。彼は有能で勇敢で実力に富んだ軍人であるが、軍の指揮・運営能力は戦死した同僚たちに及ばない。ゆえに、最高指揮官であるレミリアに問いかけるより他なかったのだ。
レミリアはそっと目を閉じ、それからしばらくして開けた。失望と、そして決意の色がその目にあった。
「このまま引き下がるわけにはいかない・・・・・・」
それはレミリアの自尊心の問題ではなかった。もし、このままろくに戦いもせずおめおめと王都に戻ればどうなるか。まず間違いなく王国側の士気が低下する。その間に反乱軍は勢いづき、さらなる攻勢に討って出るだろう。反乱がブレスト地方のみならず他の地方にも波及するかもしれない。この機に乗じて属国や隣国のいずれかが大胆な行動に出る可能性だってある。そうなった場合、状況は今よりもさらに悪化するだろう。それよりも、そもそもこのままやられっぱなしでは今回の遠征に参加した将兵たちが納得しないはずだ。それに、レミリアにだって感情がある。死んだナキウスやライゼンデの仇を討ってやりたいという気持ちが強い。
以上の様々な理由から、レミリアはこのまま進撃を続けることを選択した。とるべき道は他にもあったかも知れないが、レミリアはその選択がもっとも正しいと考えた。
過程の話ではあるが、もし、レミリアが戦いの意思を捨てて王都へ帰還を選択していた場合、どうなっていたか。背後からディルク兵団の追撃を受け、間違いなく討伐軍はさらなる被害を被っていたであろう。そして討伐軍が二度に渡って撃退されたことが王国全土に流布される。それに乗じて属国のカドゥラ王国やザイラム公国、さらにはグロネリア王国が相次いでナトゥース王国に宣戦を布告するはずだ。すでにそうなるように計画が成されているのだから。つまり、レミリアの選択は、この時点では間違っていなかったのである。
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