「まだ戦いは終わってなどいない! 敵を全滅させるまで、戦いはまだ終わってはおらんのだ!」

 それはイェンスが発したものであった。彼は気力を振り絞りながら剣を構えている。まだ戦う気なのだ。

「その通りだ! まだ戦いは終わってなどいない! 魔物が消え、脅威が去ったとしても、我が軍が健在であり、敵が存在するなばらまだ戦いは終わってはいないのだ!」

 今度はカスパルトが叫んだ。片手に槍を、片手に剣を握り締め、彼もまた戦う気だった。なぜならば、まだ停戦の命令は出ていないのだから。

「・・・・・・そうだ、まだ戦いは終わっていない」
「敵を滅ぼせ! 踏み砕け! 殺し尽くせ!」
「勝利を我らに! ディルク兵団万歳!」

 ふたりの戦将のかけ声に呼応するかのように、ディルク兵団に戦意が復活した。団員たちが武器を持って次々と立ち上がり、まるで泥で造られた人形のようによろよろと進み始める。団員たちはすでに肉体的な疲労以上に精神的な疲労によって慢心創痍であるにも関わらず、まだ戦うつもりなのだ。まさに狂乱の軍団。最後の一兵が倒れるまで、彼らに撤退の二文字は存在しない。

「ひ、ひぃ・・・・・・」

 戦意が復活したディルク兵団の気迫に圧され、討伐軍の兵士たちが悲鳴を上げて後ずさる。足がもつれ、転倒する者も多い。腰が抜け、その場にへたり込んでしまい、もう立ち上がる気力すら無い者も数知れない。彼らにはもう戦う気力も「つもり」もないのだ。
 このまま戦いが再開されれば、討伐軍の兵士たちは成す術なく蹂躙されたであろう。戦場が血の海に染まったはずだ。
 だが、そうはならなかった。

「やめろ・・・・・・おまえたち・・・・・・」

 弱々しい声が響いた。消え入りそうな小さな声は、不思議と戦場の隅々に行き渡るほど澄んでいた。

「!」

 その声の主を見て、前進をはじめた団員たちの足が止まった。
 動揺で。

「もういい、もういいんだ・・・・・・戦いはもう、終わりにしよう・・・・・・」

 身体に深い傷を負い、アイテルに肩を支えられながら、辛うじて立っているディルクの姿を見て、団員たちの戦意が今度こそ砕けた。無敵・無敗の団長が敗北した。その事実は、団員たちに戦いを放棄させるには十分過ぎる光景であった。
 団員たちが次々と武器を捨て、両手を挙げた。
 今度こそ本当に戦いが終わったのだ。
 反乱軍の全面的な降伏によって、第二次ブレスト戦役は終焉を迎えたのである。それは歴史の一つの時代に幕を下す出来事であった。

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だがそれ以上に生じた効果があった。それはディルクの精神に与えた影響である。ディルクにとってレミリアの行動は予想外であった。王族とは自分の身を護るためであれば他者の身を平気で犠牲にできる存在、そう思っていたからだ。だが、いまレミリアは、わざと自分から攻撃を受け、自分の一撃を防いだ。その捨て身の戦法は、ディルクの哲学では理解できぬ自傷だった。
 主人が我が身を犠牲にして作った隙をアイテルは見逃さなかった。
 刹那にも満たぬ一瞬、アイテルは剣を振り上げ、そして振り下ろした。

「―――ッ!」

 驚愕がディルクの顔面を支配した。
 アイテルの剣がディルクの身体を斜めに通過した。身につけていた甲冑が割れ、衣服の布地が切れ、肌が裂け、肉が割れ、体内に内封されていた血が飛び出した。大量の流血がディルクの全身を染め上げる。他者の血ではなく、自分の血によってディルクは自らの「異名」と同じ姿になった。血塗れになった。

「ち、くしょう・・・・・・」

 ディルクが地面に膝をついた。倒れてはいない。まだ辛うじて息もある。だが、もはや戦うことはできない。身体に力が入らないのだ。そして手から剣が落ちた瞬間、勝負は決した。ディルクの敗北が確定したのだ。
 すかさずレミリアが腰に下げていたケースからカードを取り出す。魔物が封じられているエリューシオン・カードの束だ。それを天に掲げ、彼女は叫んだ。

「全ての魔物たちの母よ! そなたが探す子供たちはここにいる! 子供たちはそなたの元へ返す! だから元の世界に戻ってくれ! お願いだ!」

 そう叫んでレミリアはカードを宙へと放り投げた。数十枚を越すカードの群れが、風にさらわれて天高く舞い飛んでゆく。それらはまるで自ら意思を持つかのように、天空に開けられた穴の中に吸い込まれていった。
 怪異が発していた異音が止んだ。
 怪異が前進を止め、その巨体を後退させてゆく。やがてその姿が消えると、空にできていた歪もまた消えた。後にはいつものような空が広がっていた。脅威は去ったのだ。
 世界に静寂が訪れた。
 世界は救われたのだ。

「き、消えた・・・・・・あの化け物が消えた・・・・・・」
「た、助かったのか、俺たち・・・・・・」
「助かった、助かったんだ・・・・・・!」

 戦場のあちこちで怪異が発していた異音に苦しめられて兵士たちが立ち上がる。命を奪われることなく現在を迎える者ができた者たちだ。彼らは精神的に疲弊しきっており、まるで生まれたての小鹿のように身体が小刻みに震えていた。手に武器を持っている者はほとんどおらず、戦う意思を持つ者は皆無であった。少なくとも、討伐軍や民兵団の将兵たちの中には。

「まだだ! まだ終わってはいない!」

 突然、雷鳴にも似た叫び声が生じた。

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 放たれる斬撃がその速度と威力を増してアイテルとレミリアに襲いかかる。高らかな金属音が死神の叫喚となって喰らいついてくる。鋭い斬撃は、致命傷にはならずとも、ふたりの身体に無数の傷を刻んでゆく。確実に血を流させてゆく。もはや瞬きの一つで首が飛んでしまうほど、ディルクの攻撃は苛烈を極めた。

「どうして・・・・・・なの・・・・・・」

 歯を食いしばってディルクの斬撃に耐えながら、レミリアは絞るような声を出した。

「どうして・・・・・・そこまでナトゥースを憎むの・・・・・・?」
「どうして、だと?」

 レミリアの配慮の無いひと言に、瞬間的にディルクの怒りが頂点に達した。

「ナトゥースは俺から全てを奪った! ふたりの姉は総督に買い取られて食い殺され、両親は全てを奪われて絶望の中で病で死に、嘲弄のなか奴隷として売られた俺は、虐げられて地獄を見た! そして弟は、奴隷として記憶を喪うまで弄られて、顔を焼かれ、この国の姫とやらに洗脳されて今まさに兄である俺に剣を向けている! こんな喜劇があってたまるか! もうたくさんだ! 奪われるのも、虐げられるのも、嘲弄されるのももうたくさんだ! 俺はこの国を滅ぼしてやる! 絶対にだ! 絶対にダァッ!」
「・・・・・・ッ!」

 レミリアは知った。ディルクの根源にある救いの無い怒りと絶望を。その凄まじさを。痛感せずにはいられなかった。
 ディルクは忌み子だ。長年に渡ってナトゥース王国に蓄積されてきた貧困と不平と差別によって産み落とされた悪意の子供だ。ナトゥースの闇、ナトゥースの膿、そしてナトゥースの犠牲者だ。
 止めなければならない。彼を、そしてこれから生まれてくる彼のような子供たちを。それがナトゥース国王の娘である自分の役目だから。
 レミリアは覚悟を決めた。

「アイテル・・・・・・私が必ず隙をつくる。だから彼を・・・・・・あなたのお兄さんを止めてあげて!」
「・・・・・・承知。我が主」

 連続して襲いかかるディルクの斬撃に対して、防戦一方だったふたりが初めて反撃に討ってでた。
 レミリアが目を細めた。心を研ぎ澄まし、目を絞り、全身全霊の神経を集中させてディルクの太刀筋を見切った。そして左手を伸ばした。
 バシャッ!
 斬撃が命中し、左腕が音を立てて爆ぜ飛んだ。血と、肉と、骨が木っ端微塵になって飛散し、ディルクの剣の軌道をわずかに反らすことに成功した。

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「そんなことをすればこの国が、世界がどうなると思っているの! あの化け物がこの世界に侵入したら、それこそ取り返しがつかなくなる! 大勢の人が死ぬ! あなたはそんなことになっても平気なのッ!」
「それがどうしたッ!」

 ディルクの雷喝がレミリアの心を貫いた。正気が駆逐され、狂気がディルクを支配していた。溢れんばかりの怒りと憎しみが、怒気と憎悪が、悪意が、ディルクという人間の形を保っていた。
 狂気の咆哮が世界に響く。斬撃の豪雨と共に。まるでこの世界に害を成そうとする怪異のごとく、ディルクは人間でありながらこの世界が滅びることを望んだ。

「どうせこのままではナトゥースに勝つことなど出来ないのだ! だとしたら、あの化け物をこの世界に引き入れ、その力を持ってナトゥースを滅ぼしてやる! 何万人、何十万人、何百万人が死のうが知ったことかッ! 俺は、どんな手段を使ってでもナトゥース王国を滅ぼしてやるッ!」

 ナトゥース王国を滅ぼすための算段はあった。そして現にそれは半ばまで成功しつつあった。だが、あの化け物の出現によって計画は完全に頓挫したと言って良いだろう。拠点であるクローレンツは壊滅し、主力となるディルク兵団と民兵団は崩壊しつつあり、そして戦力の切り札であった魔物たちをことごとく喪った今、このままではどう足掻いてもナトゥース王国に勝つことはできない。ならば根本から計画を修整すべきであろう。たとえ人外の存在の力を利用してでも勝利を優先すべきなのだから。そのためにはなんとしてでもレミリアが持つカードを奪略する必要があった。

「あの化け物は奪われた子供たちを探し続けている哀れな母親だ。そして子供たちはカードに封印されてなお、微弱ながら母親を呼び続けている。ゆえにそのカードをナトゥース全土にばら撒けばどうなると思う? カードを求めて、あの化け物はナトゥース全土で暴れまわるはずだ。全身に怒りをたぎらせてな! ナトゥースは滅びるのだ!」

 もはや過去にあった事象のごとく目に浮かぶ。あの化け物に蹂躙され、国全体が廃墟と化すナトゥースの姿が。実に胸が空く光景だ。

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 レミリアは怪異に仔らを返すためにカードにしまっていたカードの束に手を伸ばした。その瞬間である。レミリアを殺害しようとディルクが斬りつけたのだ。鋭い金属音がして、アイテルの剣がディルクの剣を弾いた。
 顔を驚愕に染めながらレミリアが叫んだ。

「なんのつもり、ディルク!」
「知れたこと。貴様を殺し、そのカードを奪うつもりだ!」
「なっ・・・・・・!」

 驚いたレミリアは言葉を失った。そんなことをすればどのような結末が訪れるのか、怪異の考えを知ったからこそレミリアは想像ができた。ナトゥース王国の滅亡、そして世界の終焉。おおよそ考え得る最悪の結末が訪れるはずだ。だからレミリアは叫んだ。ディルクが怪異の考えを「知らない」と思ったから。

「聞いて! ディルク! あの怪物の目的は自分の子供たちを助けだすこと。子供とはカードに封印されている魔物たちのことなの。だからカードを渡せばあの怪物はもと居た世界に戻――」
「知っているさ、そんなことは!」

 レミリアが言い終えるよりも早くディルクが答えた。そして答えると同時にレミリアとアイテルに対する攻撃行動を再開した。
 ディルクの剣が斬撃の暴風雨となってふたりに襲いかかる。一撃、一撃が必殺の攻撃であり、並の騎士や戦士であればただの一撃で絶命を余儀なくされるほど強力な攻撃の連続だ。アイテルは必死になって耐え続けたが、耐えることだけが精一杯だった。自分の身と、何よりもレミリアを護ることだけで手一杯であり、とてもではないが攻勢に立つことができない。ディルクが叫んだ。

「だからこそ貴様を殺してカードを奪うのだ! あの化け物をこの世界に解き放つために!」

 ディルクの斬撃がアイテルの防御を越え、レミリアに届いた。しかしレミリアは、抜き放った自らの剣でその一撃を受け、辛うじてその命を守った。一撃を受けただけで手が痺れ、思わず剣を落としてしまいそうになるほどの攻撃だった。

「・・・・・・ッ!」

 歯を食いしばりながら辛うじて剣を取り落とすことを防ぐと、レミリアは感情に任せて叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

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プロフィール

ダメ人間

Author:ダメ人間
社会の底辺で生息している「ダメ人間」です。
若くないです。もうおっさんです。
戦記ものの小説を主に書いていますので、どうぞ見てやってください。

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