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 圭吾から返された資料を見て大林は納得した。圭吾が推薦したいという娘――伊藤里奈という人物が送ってきた漫画が、極めて高い水準であったことは、選考の過程でも話題になっていたからだ。

「わかりました、小野山村長にそう伝えておきますよ。まぁ、あなたが推薦するのであれば、必ず受かるでしょうけどね」
「すまんな、恩にきる」

 その後も会議は順調に進み、他にも幾つかの業務連絡や命令が下され、解散の運びとなった。

「では、今回の定例会議はここまでとしよう。今後も各自、鋭意仕事に励み、村と会社双方の利益になるよう立ち回ってくれ。以上だ。解散!」

 この発言は圭吾によってなされたものである。会社の頂点に君臨する代表取締役は圭吾ではないのだが、誰が真の支配者であるかは、名目上の代表取締役である洋平も含めて、この場にいる全員が承知していることであった。だが、このままの状態で良いはずがないと考えているのは、誰よりも圭吾その人であった。
 会議解散の発言を受け、他の三人と同様、席を立とうとする洋平を、圭吾が後ろから呼び止めた。

「洋平、ちょっといいか」
「ん? なんだい?」
「明日から県内企業を対象にした営業活動を始めるぞ。スポンサーを募り、雑誌の広告枠を販売して資金を募る。それと、太陽出版が提供してくれる販売ルートとは別に、我々も独自の販売ルートも確保せねばならん。おまえには我が社の顔として一緒に行ってもらうから、明日はしっかりと身だしなみを整えておけよ」

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ファンでした。
いままでお疲れさまでした。
どうぞ安らかにお休みになってください。
うあ゙ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゙ぁあぁ゙ああぁぁうあ゙ぁあ゙ぁぁ
「基金への申請は全国から集まっています。応募人数もすでに百人を越えており、その中には大手出版社で賞を取ったことがある人物も含まれていますよ。いま、村に派遣されている太陽出版の編集者の方と選考作業にあたっている最中です」

 大鹿クリエイター基金に申請すれば、若手漫画家であれば誰もが補助金を受け取れるというわけではない。当然だが、才能がなければ弾かれる。もっとも、この才能という奴が厄介で、画が下手でもストーリーが抜群の漫画家もいるし、その逆にストーリーが駄目でも画力が凄まじい漫画家も少なくない。最終的に「売れる」漫画家が確保できれば行幸なのだが、そのあたりの調整が圭吾としては面倒なところであった。

「現段階での応募者名簿はあるかな。いまの段階でどの程度の漫画家が集まっているのか確認しておきたいのだが」
「そう言うと思って資料を用意しておきました」

 そう言って大林が取り出した分厚い資料の束を受け取ると、圭吾はパラパラとめくって中身を確認した。その資料は、応募者の経歴と、その者が作成した読み切り漫画によって構成された代物だったが、ほとんどの漫画が無難なストーリーと画力によって構成されており、どんぐりの背比べの様相を呈していた。
 しかし、ある人物のページにて、圭吾の手の動きと視線が止まった。

「この娘、良いんじゃないかな」

 そう言って圭吾は、ページを開いたまま、資料を大林の手に戻した。

「この人物を推薦したい。いや、別に無理なら無理でいいんだが、この娘に、ぜひとも、漫画を連載する機会を与えてやりたいな。補助金が受けられるよう、手配してもらえないだろうか」

 この二ヶ月間、彼は文字通り、寝る間も惜しんで働いた。東京と大鹿村の間を往復し、人と会い、相談し、商談し、契約を取り付け、情報を発信してもらい、なだめ、すかし、時には薔薇色の未来を描いた飴を振るまい、計画を練り、資料を作成し、各種機関との交渉をまとめ、村と会社の利益のために行動し続けた。その成果が、先の報告にあるように、目に見える形で現れた。嬉しくないはずがない。
この一連の動きに関して、ネット上では「これはあからさまなステマだ!」と叩く声もあがっているが、実際はその通りなのだから仕方がない。むしろ、叩く人間も情報の拡散にひと役かってくれているのだから感謝したいくらいだった。

「だが、問題はこれからだ。この状況を今後も継続していかなければならない」

 そのためのコミック事業である。村の情報を恒久的に発信し、なおかつ、会社の収益源とする。この事業が成功するか否かは参加する漫画家の質によるため、最初の連載陣は注意深く算定する必要があった。現在、会社のホームページに設置した投稿ブースには、国内から多数の応募が寄せられているのだが、どの作品もパッとせず、いまだ会社の命運を託せそうな漫画家は確保できずにいる。
 圭吾が視線を大林に向けた。

「大林氏、そちらの方はどうなっている? 若手漫画家の募集はあったかな?」

 質問を受けた大林智弘が、まるで身体に電流を流されたかのような勢いで立ち上がった。村との調整役を担っている彼は、質問を「待っていました!」といわんばかりの勢いで喋りだした。

 最初は小さく取り扱われるに過ぎなかったこれら話題は、徐々に勢いを増してゆき、熱を帯び、やがてはインターネット上でも次々と検索されるようになり、最後は全国規模のテレビニュースや新聞でも取り上げられるようになった。かくして、これまでは「大鹿村」という単語など知らないような人々にいたるまで、大鹿村に関する話題を目にするようになったわけだが、この状況を仕掛けた圭吾はまだ満足していなかった。

「まだだ。もっと、もっとより多くの情報の発信を!」

 圭吾はさらに手を打っていった。友人や知人を通じて働きかけをおこない、芸能人や有名人を使って「大鹿村」に関する話題を取り上げてもらったのだ。特に、特産品に関する情報を積極的に発信してもらい、興味や関心を引き寄せることに成功した。特産品は、これからBDCの主力事業として成長してもらわなければならない産業だから、いまから人々の耳目を向けさせる必要がある。扱う特産品を卸す時の交渉材料にもなるし、興味をもった若者が自発的に第一次産業に参入してくれれば願ったりといったところだ。
 十何度目かになる会議の席にて、特産品の担当を任されている山岸から次のような報告がなされた。

「最近、大鹿村の特産品が大盛況だそうです。東京の銀座に出店している長野県のアンテナショップでは、大鹿村関連の商品が飛ぶように売れており、また、遠くからわざわざ村に買いにくる人もいるようで、山塩に関連する商品は売り切れ続出、ジビエ関連にいたっても、前年同期と比較して三倍もの売り上げに達しています」
「良い状況だ。大鹿村や我々の存在を周知するという当初の目的は、まずは成功したといっていいな」

圭吾は頷いた。目に見える成果が上がったことを、彼は素直に喜んだのだ。

 ・・・・・・数日後に開催された臨時の村議会にて、圭吾が提案した「大鹿村振興債券」案と若手漫画家への支援・育成を目的とした「大鹿クリエイター基金」案は満場一致で可決する運びとなった。

          *

 ・・・・・・これまで、大鹿村に関連するニュースや話題といえば、地元の地方新聞や村が発行する公報などを除いては、月に一度か二度、新聞の地方欄や夕方のローカルニュースで報じられる程度であった。
 その状況が、今年の四月をもって一変し始めた。
 まず、四月の頭に、大鹿村の有志によって「ビッグ・ディア・カンパニー」という新興の企業が設立されたという情報が流れた。その情報に端を発したかのように、新聞やニュース番組で次々と大鹿村に関する話題が取り上げられはじめたのだ。

『大鹿村で臨時の村議会が召集。三〇〇〇万円規模の振興債券を発行することが決定。債券は全額、村在住の投資家が引き受ける見通し』

『大鹿村の新興企業ビッグ・ディア・カンパニーがコミック雑誌「コミックおおしか」を発刊すると発表。現在、連載を手がける漫画家を募集中』

『大鹿村が若手の漫画家への支援と育成を目指した「大鹿クリエイター基金」を設置することを表明。新興企業のBDCに協力していくことを明らかにした』

『大鹿村の振興企業ビッグ・ディア・カンパニーが、大手出版社の太陽出版と業務提携することを発表。コミック事業での協力を仰ぐ見通し』

『有名漫画家の板沼慶介氏が「コミックおおしか」での連載を持つことが本人のツイッターでわかった』

 これら一連の動きは、四月から五月上旬にかけて大鹿村で起こった出来事である。

「そ、そんな金――」
「ありますよ。俺の資産は村の予算よりもはるかに多いので」

 さらりと言ってのける。もちろん、総額はいわない。いう必要もないことだからだ。自らの底をさらす行為は、時と場合によることを圭吾はわきまえている。
 圭吾は指を組みなおした。それから、彼は滑らかな口調で小野山村長に語りかけた。それは人の頭の奥にまで浸透するような声であった。

「村長、これは未来への投資の話です。大鹿村によりよい未来をもたらすために、いまここで投資をしなくていつするのですか。一年、二年という短期で物事を考えるのではなく、一〇年、二〇年という長期でもって未来図を描いてください。いま、大鹿村は帰路に立っています。このまま少子高齢化が進み、緩慢な死が待ち構える未来に進むか、それとも英断を下して一時の痛みを享受してでも実りある未来への道を進むか、いまが判断の分かれ目なのです。三〇〇〇万円――大金ですが、村の今後のことを考えるならば、決して高い金額ではない。いや、むしろ安いものだ。それとも村長、あなたはたかが三〇〇〇万円を惜しんで村の未来を捨てるつもりなのですか?」

 圭吾はさらに続けた。あなたが村長選に出馬した時、自分が何を訴えて当選したのか覚えていますか。「大鹿村によりよい未来を!」と訴えていませんでしたか、と。

「あれは嘘だったのですか?」

 と問われた時、小野山村長の腹は決まっていた。

「・・・・・・わかった、君の提案を受け入れよう」
「ありがとうございます」
「だが、少し時間をくれ。この提案は、私ひとりの意見では通すことができない。他の議員たちにも話をし、説得する必要があるからな」
「わかりました。ですが、あなたがそこまで苦労する必要はありませんよ」
「? どういうことだ?」
「これから俺が各議員たちの元へと赴き、「説得」してきますので」

 ニヤリと笑い、圭吾は席を立った。

圭吾は内心で苦笑した。この展開は彼が想定したとおりの展開だったからである。狙いは、ここで一気に優位を確立し、大鹿村の再興に関して、今後の主導権を握るつもりなのだ。

「でしたら、債券を発行してみてはいかがでしょうか」
「さ、債券?」
「地方自治債です。行政が予算を編成するときや補正予算を組むときに債券を発行することは別に珍しいことではないでしょう。いまだって村債を発行しているはずだ。大鹿村振興債券とでも銘うって募集をかければ、すぐに買い手がつきますよ」
「・・・・・・簡単に言うが、債券なんて発行したら、金利の支払いに四苦八苦する羽目になるだろうが。ただでさえ予算は火の車なのに、そのうえ金利の支払いも重なったら、最後は夕張市のようになってしまうのがオチだ」

 北海道夕張市は、かつては石炭産業で栄えた都市だったが、炭鉱の閉山にともなって経済が悪化し、「炭鉱から観光へ」をテーマに再興を図ろうとしたが失敗してしまい、状況を好転させるため多額の市債を発行して乗り切ろうとしたが上手くいかず、結局は財政難に陥って二〇〇七年に事実上、破綻してしまった。はたして、大鹿村も夕張市と同じ運命を辿ることになるのだろうか。

「そうはならないでしょう。発行する債券の額は三〇〇〇万円程度ですし、金利も低く抑えればいいんです。〇・〇〇〇一パーセントぐらいに設定すれば、支払う金利も微々たるものですよ」
「そんな債券、誰が買うんだ」
「俺が買います」
「な、なに?」
「全額俺が引き受けますよ。三〇〇〇万円といわず、四〇〇〇万円でも、五〇〇〇万円でも、一億円でも」

 ニヤリと笑っていう。困惑気味の小野山村長の顔が目に映った。

 圭吾はさらに続けた。この事業が成功し、収益の柱となって利益を確保することができれば、村にも多額の税金を落とすことができる、と。

「ふむ、なるほどな」

 小野山村長は頷いた。圭吾の提案内容は、彼なりにもやってみる価値があると感じられたからだ。

「しかし、この補助金、制定するとなるとけっこうな額になるんじゃないか? いくらぐらいの金額を想定しているんだい?」
「とりあえず三〇〇〇万円ほど」
「さ、三〇〇〇万円!?」

 予想外の金額に、小野山村長の目が丸くなった。
 しかし、圭吾は平然としたままだ。

「三〇〇〇万円が不服でしたら、四〇〇〇万円でもいいですよ。使える金額は多ければ多いほど助かりますから」
「バ、バカをいうな! 大体、三〇〇〇万円なんて大金、あるわけないだろ!」
「あるでしょ。いくら小さな村だからって、予算は億単位のはずだ。補正予算を組めばすぐにまかなえるでしょう」
「予算は全部使い道が決まっているんだ。それに、うちの村の財政はカツカツで、とてもではないがそんな金額を用意することはできん!」

 大鹿村の年間予算額は、一〇年ほど前までは一八億円前後で推移していたが、現在は税収の減少に伴って一五億円を下回っている。三〇〇〇万円という金額は、個人にとっても巨額だが、現在の大鹿村にとっても途方もない大金なのだ。

 圭吾は説明した。現在、これから展開する事業の一つとして、コミック関連の事業を計画している。漫画雑誌を発行し、会社の収益の柱とするのだ。この事業が成功するか否かは連載をお願いする漫画家たちの力量にかかっているため、是が非でも腕の良い漫画家を確保する必要があった。

「漫画家を目指す人の数はごまんといます。ですが、プロとしてデビューすることができる漫画家は極わずかしかいません。しかも、たとえプロとしてデビューしたとしても、その生活は非常に不安定であり、成功する人間はほんの一握りだけです。ですが、それでもプロの漫画家を目指す者は後を立ちません。だからこそ、行政の支援が介在する余地があるのです」

 補助金を支給すれば漫画家の生活は安定し、彼らは創作活動に集中することができるだろう。それだけでなく、若者の大鹿村への移住や定住を促すこともできる。漫画家確保という本来の目的と相まって、まさに一石三鳥の政策といえよう。

「補助金の対象者は漫画家を目指す二十代、三十代の若者に限定します。補助金を支給する条件は大鹿村に移住すること。期間は最長で三年。支給する金額は一律一五万円。村が管理している空き家を提供すれば、別途で住宅手当を支給する必要もない。これだけの好条件で募集をかければ、ダース単位での応募があるでしょう」
「はたしてそう上手くいくかな。もし応募がなかったらどうするつもりなんだい?」
「この事業を展開するにあたっては、すでに大手出版社や知り合いの漫画家たちに声をかけていますし、我が社の方でも独自に募集をかけていきますので、応募が皆無だったとしても事業を始めることはできます。それに、たとえ応募がなかったとしても、それはそれで話題にしますので、宣伝効果が期待できるでしょう。そうなれば、最終的には応募があるはずです。損はありませんよ」

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