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「いま、大鹿村では、若い人が中心になって村を元気にしようっていう取り組みが始まっているんだ。このままじゃあ村は衰退していく一方だ、なんとかしないと――ってことでね。何を隠そう、おれはそこのリーダーなんだ」

 組織の名前は「大鹿村振興委員会」というそうだ。中核メンバーは少数だが、村を再興させたいと強く願う者たちが集まっており、そこを中心として村を盛り上げようとしているのだという。

「一応、案らしいものはまとまったんだけど、そこから先に進まなくてね。そこで君の力を借りたいと思ったんだ。いや、でも、まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ。ありがとう!」
「まぁ、暇だったからな。しかし、俺なんかを呼んでも力になれるかわからんぞ。お門違いもいいとこだ。もっと専門的な――それこそ地方再生を専門に扱っているような人物に話を聞くべきなんじゃないのか?」
「そんな人を呼べるお金はどこにもないよ。それに、謙遜してるけど、君は頭が良いだろう? だからきっと力になってくれるはずさ」
「どうかな。もし本当に頭が良かったら、一年前のあの失敗はなかっただろうに・・・・・・」
「ん? なんかあったのか、東京で?」
「あ、いや、いまのは独り言だ。気にしないでくれ。それよりもその大鹿村委員会とやらの会議は、次はいつ開催される予定なんだ?」
「今日だ。今日の午後一六時三〇分からを予定している」

 圭吾は思わず目を丸くした。

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「なんだ、おまえ結婚したのか。だったら式に呼んでくれよ。そしたら祝儀は弾んでやったのに」
「いや、挙げてないんだ、式は」
「え」
「お金がなくてさ。式を挙げる余裕がなかったんだよ」
「・・・・・・そうか。まぁ、いまは式を挙げない夫婦も多いそうだから、別に珍しいことでもないさ」

 日本の貧富の格差はここ十数年でさらに拡大している。富を持てる者と持たざる者の差は広がるばかりであり、グラフでいうところの、いわゆる「ワニの口」は開く一方だ。もっとも、この格差の問題は、日本だけの問題ではなく、アメリカや中国、ヨーロッパ、東南アジアや南米にいたるまで、世界中に蔓延っている問題である。東西冷戦時代、旧共産主義勢力の圏内では、「共産主義は資本主義の一歩先を進んでいる」というブラックジョークが囁かれていたというが、だとすれば資本主義の末路は目に見えている。資本主義はいずれ限界に達するだろうが、それは一年後か、一〇年後か、それとも一〇〇年後か、いまはまだわからない。しかし、その間、この貧富の格差が広がり続けていくことは確実だろう。戦争でもおこらない限り。
 大鹿村へは車でおよそ一時間かかる。日本のチベットといわれる由縁のひとつがこのアクセスの不便さにある。少しでも運転を誤ればガードレールを突き破って谷底へと転落しかねない道を走りながら、洋平が口にしたのは大鹿村を活性化させるための取り組みに関してであった。一週間前、電話越しに聞いたあの話だ。


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「まぁ、それでも関連銘柄はそろそろ抑えておくかね。日本では採算がとれないとしても、海外での展開を考えればうま味がないわけじゃない。長期的にみれば、充分、展望が開けているんだからな」

 そんなことを考えていると、突然、近くでクラクションが鳴った。視線を向けると、道路の反対側に一台の軽トラックが止まっていた。
 運転手が、運転席から身をのりだした。

「すまん、遅くなった!」

 幼なじみの白鳥洋平の登場だった。

          *

 圭吾と洋平は親友だった。「だった」と過去形なのは、現在ではそれほどではないからである。
 子どもの頃、ふたりはよく遊んだ。その当時、すでに家庭用のゲーム機は普及していたが、ゲームよりも外で遊ぶことのほうが遥かに多かった。川でサワガニを採り、魚を捕まえ、カブトムシを採りに山へと入り、秋には佃煮にするためイナゴを捕まえたりもした。冒険と称して山の奥へと入り、鹿に遭遇して驚いて道に迷い、迷子になって遭難したこともあった。その時は村人総出で探してくれて事なきを得たが、ひどく怒られたことを覚えている。いまとなってはいい思い出だが、右も左もわからない山の中を泣きながら歩いた時、洋平が手を握ってくれていなければ、不安と恐怖で押し潰されていただろう。
 洋平とは親しかったが、中学を卒業すると同時に疎遠になっていった。上京すると交流はほとんどなくなり、たまにメールや電話をするだけで、ここ数年は互いの多忙と相まって、まったくといっていいほど交流がなかった。だから洋平が結婚し、家を建て、しかも子どもまでいるということを聞いたのは、飯田駅から大鹿村へと向かう道中のことであった。

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「美しい自然が大鹿村の最大の魅力だ」

 と、声を大にして訴える者もいるが、それが村を支える産業として成り立っていない以上、その響きは虚しいだけであろう。
繰り返しになるが、大鹿村は小さな村だ。それは産業だけでなく、村の人口をみても明らかである。
村の人口は、一九五〇年代は五千人ほどであったが、そこをピークに減り続け、二〇一七年には初めて千人を割り込み、そして二〇二二年の現在は七〇〇人前後で推移している。しかもそのうちの七割以上が六五歳以上の高齢者であり、さらにその内の三割が八〇歳以上だ。人口統計グラフは見事で歪な逆三角形を形成しており、年齢が下の階層へと向かうつど、その数は減少の一途を辿っていて、こと一〇代・一ケタ代に限っていえば、その数は壊滅状態といっても過言ではなかった。なにしろ昨年、大鹿村では、ついに出生率ゼロを記録した。典型的な限界集落であり、超がつくほどの少子高齢化を地でいく村である。長野県内でも、これほど過疎化が深刻な村は他にはない。

「さて、そんな村が元気になるのかねぇ」

 幼なじみの意気込みを思いだしながら、白い息を吐きだす。大鹿村を元気にしたい、活性化させたい、という意気込みと熱意は電話越しでも充分に伝わったが、現実問題として、かなり難しいであろう。
二〇二七年にリニアが開通すれば、その恩恵を受けて状況が改善するだろう、という楽観的な予測を聞いたことがあったが、圭吾はそうは思わない。リニアが開通したとしても、その恩恵を受けるのは長野県内でも極一部だけであって、大鹿村にはほとんど届かないはずだ。そもそもリニア自体、圭吾としてはその存在そのものに疑義を感じている。

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 東都・新宿のバスタからバスに乗り込み約四時間。途中、双葉のサービスエリアで小休憩を挟んだ以外はひたすらバスに揺られ、午後になってようやく長野の地に足がついた。といっても、故郷の土を踏んだわけではない。ここは長野県飯田市にある飯田駅前であり、彼の故郷まではまだかなりの距離があるからだ。
 バスから降りると同時に圭吾は周囲を見た。予定では幼なじみが迎えにきているはずだが、その姿はまだない。腕の時計に目をやると、時刻は一四時一〇分だった。

「予定よりも早く着いたな。少し待つか」

 時間を潰すため、近くの喫茶店に入ってもよかったが、自動販売機で缶コーヒーを買ってすませることにした。季節は三月。東京ではすでに春へと移行しつつある季節だが、長野県はまだ寒い。暖かい缶コーヒーで暖をとりながら、圭吾は故郷についての想いを巡らした。
 長野県下伊那郡大鹿村。北アルプスと伊那山地に挟まれた山間にある村で、辺境とも、秘境とも、日本のチベットとも呼ばれるその村が圭吾の故郷である。
 大鹿村は小さな村だ。いや、村の面積自体はそれほど小さくはない。村の面積は東京二三区の三分の一ほどあり、隣接する駒ヶ根市よりも遥かに大きい。村境も飯田市を筆頭に、伊那市、駒ヶ根市、松川町、中川村、豊丘村、それに静岡県静岡市とも接しており、その規模は県内に数多くある町村のなかでも上位に位置する。
では内情もそれなりの規模があるかと問われれば、答えは「否」という他ない。村の面積の九割以上が山と森で占められており、主要な産業と呼べるものはほとんどないからだ。農業と、林業と、それに観光業で細々と食いつないでいるだけで、他にはなにもない。本当に、なにもない。

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