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 ・・・・・・数日後に開催された臨時の村議会にて、圭吾が提案した「大鹿村振興債券」案と若手漫画家への支援・育成を目的とした「大鹿クリエイター基金」案は満場一致で可決する運びとなった。

          *

 ・・・・・・これまで、大鹿村に関連するニュースや話題といえば、地元の地方新聞や村が発行する公報などを除いては、月に一度か二度、新聞の地方欄や夕方のローカルニュースで報じられる程度であった。
 その状況が、今年の四月をもって一変し始めた。
 まず、四月の頭に、大鹿村の有志によって「ビッグ・ディア・カンパニー」という新興の企業が設立されたという情報が流れた。その情報に端を発したかのように、新聞やニュース番組で次々と大鹿村に関する話題が取り上げられはじめたのだ。

『大鹿村で臨時の村議会が召集。三〇〇〇万円規模の振興債券を発行することが決定。債券は全額、村在住の投資家が引き受ける見通し』

『大鹿村の新興企業ビッグ・ディア・カンパニーがコミック雑誌「コミックおおしか」を発刊すると発表。現在、連載を手がける漫画家を募集中』

『大鹿村が若手の漫画家への支援と育成を目指した「大鹿クリエイター基金」を設置することを表明。新興企業のBDCに協力していくことを明らかにした』

『大鹿村の振興企業ビッグ・ディア・カンパニーが、大手出版社の太陽出版と業務提携することを発表。コミック事業での協力を仰ぐ見通し』

『有名漫画家の板沼慶介氏が「コミックおおしか」での連載を持つことが本人のツイッターでわかった』

 これら一連の動きは、四月から五月上旬にかけて大鹿村で起こった出来事である。

「そ、そんな金――」
「ありますよ。俺の資産は村の予算よりもはるかに多いので」

 さらりと言ってのける。もちろん、総額はいわない。いう必要もないことだからだ。自らの底をさらす行為は、時と場合によることを圭吾はわきまえている。
 圭吾は指を組みなおした。それから、彼は滑らかな口調で小野山村長に語りかけた。それは人の頭の奥にまで浸透するような声であった。

「村長、これは未来への投資の話です。大鹿村によりよい未来をもたらすために、いまここで投資をしなくていつするのですか。一年、二年という短期で物事を考えるのではなく、一〇年、二〇年という長期でもって未来図を描いてください。いま、大鹿村は帰路に立っています。このまま少子高齢化が進み、緩慢な死が待ち構える未来に進むか、それとも英断を下して一時の痛みを享受してでも実りある未来への道を進むか、いまが判断の分かれ目なのです。三〇〇〇万円――大金ですが、村の今後のことを考えるならば、決して高い金額ではない。いや、むしろ安いものだ。それとも村長、あなたはたかが三〇〇〇万円を惜しんで村の未来を捨てるつもりなのですか?」

 圭吾はさらに続けた。あなたが村長選に出馬した時、自分が何を訴えて当選したのか覚えていますか。「大鹿村によりよい未来を!」と訴えていませんでしたか、と。

「あれは嘘だったのですか?」

 と問われた時、小野山村長の腹は決まっていた。

「・・・・・・わかった、君の提案を受け入れよう」
「ありがとうございます」
「だが、少し時間をくれ。この提案は、私ひとりの意見では通すことができない。他の議員たちにも話をし、説得する必要があるからな」
「わかりました。ですが、あなたがそこまで苦労する必要はありませんよ」
「? どういうことだ?」
「これから俺が各議員たちの元へと赴き、「説得」してきますので」

 ニヤリと笑い、圭吾は席を立った。

圭吾は内心で苦笑した。この展開は彼が想定したとおりの展開だったからである。狙いは、ここで一気に優位を確立し、大鹿村の再興に関して、今後の主導権を握るつもりなのだ。

「でしたら、債券を発行してみてはいかがでしょうか」
「さ、債券?」
「地方自治債です。行政が予算を編成するときや補正予算を組むときに債券を発行することは別に珍しいことではないでしょう。いまだって村債を発行しているはずだ。大鹿村振興債券とでも銘うって募集をかければ、すぐに買い手がつきますよ」
「・・・・・・簡単に言うが、債券なんて発行したら、金利の支払いに四苦八苦する羽目になるだろうが。ただでさえ予算は火の車なのに、そのうえ金利の支払いも重なったら、最後は夕張市のようになってしまうのがオチだ」

 北海道夕張市は、かつては石炭産業で栄えた都市だったが、炭鉱の閉山にともなって経済が悪化し、「炭鉱から観光へ」をテーマに再興を図ろうとしたが失敗してしまい、状況を好転させるため多額の市債を発行して乗り切ろうとしたが上手くいかず、結局は財政難に陥って二〇〇七年に事実上、破綻してしまった。はたして、大鹿村も夕張市と同じ運命を辿ることになるのだろうか。

「そうはならないでしょう。発行する債券の額は三〇〇〇万円程度ですし、金利も低く抑えればいいんです。〇・〇〇〇一パーセントぐらいに設定すれば、支払う金利も微々たるものですよ」
「そんな債券、誰が買うんだ」
「俺が買います」
「な、なに?」
「全額俺が引き受けますよ。三〇〇〇万円といわず、四〇〇〇万円でも、五〇〇〇万円でも、一億円でも」

 ニヤリと笑っていう。困惑気味の小野山村長の顔が目に映った。

 圭吾はさらに続けた。この事業が成功し、収益の柱となって利益を確保することができれば、村にも多額の税金を落とすことができる、と。

「ふむ、なるほどな」

 小野山村長は頷いた。圭吾の提案内容は、彼なりにもやってみる価値があると感じられたからだ。

「しかし、この補助金、制定するとなるとけっこうな額になるんじゃないか? いくらぐらいの金額を想定しているんだい?」
「とりあえず三〇〇〇万円ほど」
「さ、三〇〇〇万円!?」

 予想外の金額に、小野山村長の目が丸くなった。
 しかし、圭吾は平然としたままだ。

「三〇〇〇万円が不服でしたら、四〇〇〇万円でもいいですよ。使える金額は多ければ多いほど助かりますから」
「バ、バカをいうな! 大体、三〇〇〇万円なんて大金、あるわけないだろ!」
「あるでしょ。いくら小さな村だからって、予算は億単位のはずだ。補正予算を組めばすぐにまかなえるでしょう」
「予算は全部使い道が決まっているんだ。それに、うちの村の財政はカツカツで、とてもではないがそんな金額を用意することはできん!」

 大鹿村の年間予算額は、一〇年ほど前までは一八億円前後で推移していたが、現在は税収の減少に伴って一五億円を下回っている。三〇〇〇万円という金額は、個人にとっても巨額だが、現在の大鹿村にとっても途方もない大金なのだ。

 圭吾は説明した。現在、これから展開する事業の一つとして、コミック関連の事業を計画している。漫画雑誌を発行し、会社の収益の柱とするのだ。この事業が成功するか否かは連載をお願いする漫画家たちの力量にかかっているため、是が非でも腕の良い漫画家を確保する必要があった。

「漫画家を目指す人の数はごまんといます。ですが、プロとしてデビューすることができる漫画家は極わずかしかいません。しかも、たとえプロとしてデビューしたとしても、その生活は非常に不安定であり、成功する人間はほんの一握りだけです。ですが、それでもプロの漫画家を目指す者は後を立ちません。だからこそ、行政の支援が介在する余地があるのです」

 補助金を支給すれば漫画家の生活は安定し、彼らは創作活動に集中することができるだろう。それだけでなく、若者の大鹿村への移住や定住を促すこともできる。漫画家確保という本来の目的と相まって、まさに一石三鳥の政策といえよう。

「補助金の対象者は漫画家を目指す二十代、三十代の若者に限定します。補助金を支給する条件は大鹿村に移住すること。期間は最長で三年。支給する金額は一律一五万円。村が管理している空き家を提供すれば、別途で住宅手当を支給する必要もない。これだけの好条件で募集をかければ、ダース単位での応募があるでしょう」
「はたしてそう上手くいくかな。もし応募がなかったらどうするつもりなんだい?」
「この事業を展開するにあたっては、すでに大手出版社や知り合いの漫画家たちに声をかけていますし、我が社の方でも独自に募集をかけていきますので、応募が皆無だったとしても事業を始めることはできます。それに、たとえ応募がなかったとしても、それはそれで話題にしますので、宣伝効果が期待できるでしょう。そうなれば、最終的には応募があるはずです。損はありませんよ」

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